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【转贴】日文版的同人文

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一楼按惯例给度娘


1楼2013-05-01 16:05回复
    这篇文是以曼菲士和凯罗尔在一次视察新都建设时遇到刺杀,凯罗尔所骑的马突然暴走,曼
    菲士追赶上去解救了凯罗尔,可是又飞来了突袭的暗箭,为了躲避暗箭曼菲士护著凯罗尔而从马背上跌落下,却意外的丧失记忆。他的记忆倒回到他父王未死时的时候,记得所有的人却独独不记得凯罗尔。藉由宰相和西奴耶等臣子的说明才知道这之后所发生的事,可是曼菲士还是对凯罗尔存有质疑。
    这时候的曼菲士就如同野兽般自我防卫意识很强,他觉得凯罗尔对他有威胁性,所以不想接近她,甚至视她於无物。而凯罗尔因为曼菲士的失亿及对她的态度让她深感恐慌,努力要让曼菲士记起她,但最后却总是落寞独自伤心。其实曼菲士有开始记起与凯罗尔的相处点滴,只是自我强烈地加以否定,可是他的眼、他的心却下意识在寻找凯罗尔的身影,搞的连他自己都不知如何是好,情绪变的很糟。
    在一次与凯罗尔共进餐食的时刻,凯罗尔问出了曼菲士是否厌恶她?她的存在是否让他困扰了?而曼菲士要她不要在多说了,凯罗尔却执意要曼菲士回答。终於导致曼菲士说出了违心之论,暴发了严重的口角,促使凯罗尔决心远离曼菲士身边(虽然也有路卡在旁的鼓吹),选择居住在埃及一处禁地之都(连她自己也不知道为什麼)。
    曼菲士也因说出了违心之论的话语深深地伤害了凯罗尔在懊悔不已,这时却接到宰相的通报,说凯罗尔离开了德贝城,让曼菲士非常的震怒,急速前往禁地之都去抓回凯罗尔,并且表明了自己的爱意,不是因为王的义务 (大约的话语就和漫画里曼凯的对话差不多) 。在互相表明心意后的两人渡过了炽热又激情绵绵之夜(请自行想像)和弥漫甜蜜爱意的翌日。
    但很不幸地发生了的叛乱,曼菲士必须出征而留下了凯罗尔,在这段时间里,又传来曼菲士战死的消息(是诈死),凯罗尔面临了抉择,假王弟的逼迫、臣子的逼婚、伊兹密王子要出手帮忙的事等等,凯罗尔反覆的思量,也考虑过要回到现代。最后,她选择留下成为女王,培养新的下一任法老王,她无法抛弃曼菲士和她所衷爱的埃及和人民,她认为曼菲士也希望她能维系埃及的一切。当然,在关键时刻,曼菲士理所当然的出现解决了一切。。。
    最终结局,在曼菲士诈死的那段期间,凯罗尔怀孕了,这消息让曼菲士非常兴奋和开始进入身为人父的症候群。凯罗尔也非常高兴,这次曼菲士也能和这孩子对话,享受身为人父的滋味。总之,埃及一如以往,在尼罗河女神的护佑下富国强盛。
    虽然是日文版,可能造成亲们看文的困扰,可是有时对照原文来看,那种作者写文想表达的意境才能感受的到。不过也因为本人的程度有限只能大概解释剧情,亲们要辛苦点了。


    2楼2013-05-01 16:07
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      遥かなる流れのままに 作者:梦の浅瀬
      【1梦の丧失】
      碧の风そよぐエジプト王国。
      まばゆく煌く太阳は灿灿と光を降り注ぎ、流れるナイルの水面はキラキラと辉く飞沫を踊らせている。
      丽しき黒土(ケムト)の国。わけても美しいエジプト王宫、奥の宫。
      いつもならば、年若い王妃に仕える侍女达の楽しげな笑い声の响くその奥宫に、だが今は、空恐ろしいほど重苦しいどんよりとした空気が漂っていた……。
      「……メンフィス……」
      「…………」
      かぼそく揺れる少女の声が、风に乗って绿豊かな庭园を流れてゆく。
      おそるおそる、つい今しがた目を覚ましたばかりの夫に声をかけると、キャロルはじっと息をひそめるようにして少年の様子をうかがった。细い肩が紧张のあまり小刻みに震えている。
      だが、メンフィスはそんなキャロルの悬命の呼びかけにも応えを返そうとはせず、ただむっつりと押し黙ったまま、胡乱な目つきで金髪の“王妃”を眺めるばかりだ。
      「メンフィス……」
      今にも泣き出しそうに声を润ませて、キャロルがメンフィスに缒りつく。苍い瞳いっぱいに涙を溜め、祈るように両手を组み合わせて。最爱の王妃の必死の叹愿。普段の王であれば、これを一蹴することなど不可能なはずだ。
      「……メンフィス、お愿い何か言って。どうしてそんな意地悪をするの……?」
      「…………」
      「またわたしをからかっているんでしょう? ねえ……冗谈だって言って……」
      「…………」
      「メンフィス、……お愿いよ……」
      ゆったりとした长椅子に腰を下ろした少年の足元にぺたりと座りこみ、その膝にすがりつかんばかりの必死の表情で、金髪の少女が端正な王の面を见上げている。
      「放せ」
      それに冷ややかな一瞥をくれると、メンフィスはおもむろに口を开き、いっさいの感情のうかがえない声で少女に告げた。华丽な文様の施された肩衣をばさりと揺らし、裾を握り缔めた细い手を容赦なくふりはらう。
      「お前は谁だ?」
      少女の喉の奥で、ひゅっと掠れた音が响いた。
      黄泉の国を思わせる怖ろしい沈黙。风薫る王宫の中庭に、震える少女の声だけが虚しく流れては消えてゆく。
      「……メンフィス、わたしよ。キャロルよ。……わからないの……?」
      底知れぬ恐怖に揺れる少女の苍い眼差しと、虚无を湛えた少年の漆黒の视线がしばし无言でぶつかり合う。―――やがて、不安に栗く少女を突き放すように、少年がふたたび形の良い唇を开いた。
      「そなたなど知らぬ」
      解き放たれた无情な宣告。
      周囲に控えた侧近たちがいっせいに息をのんで、冻りついたような表情の王妃をうかがった。
      「ミヌーエ、それにナフテラ、说明いたせ。この女は谁だ?なぜこの奥宫に异国の女がいる?」
      「メ、メンフィスさま……!?」
      茫然自失の王妃をさらに鞭打つ王の言叶に、女官长のナフテラがあわてて王妃を庇うように进み出た。
      「わ、わたくし共のことはお分かりになるのでございますか?」
      「たわけたことを申すな。当然であろう。それよりこの女は谁だと讯いておるのだ。王妃だと!? まさか、父上の新しい侧室か?」
      言ってさも胡散臭そうに、じろりとキャロルを睨めつけたメンフィスに、老练な宰相や女官长までもがあっけに取られて声を失う。
      「ファ、ファラオ……いったい何を仰っておいでです……」
      「ファラオ? 不逊なことを申すな。王は父上であろう。イムホテップ、そなたともあろうものが何をそう狼狈ておる。エジプトの知恵と呼ばれたそなたも、よる年波には胜てずとうとうボケたか?」
      无礼きわまりない台词を吐いて、にやりと口の端を吊り上げた王の、いかにも腕白な少年めいた表情に、老宰相イムホテップは今度こそ返す言叶を见失い绝句した。
      「そなた达、このようなところでがん首揃えて何をしている! 父上や姉上はどうされた!?」
      氷の雕像のように固まってしまった宰相と女官长を、さっさと见舍てて立ち上がると、メンフィスは大いなる怖れと几ばくかの好奇心をもって周囲を取り巻いていた侍女や従者たちをじろりと睥睨し、锐い声で怒鸣りつけた。
      少年の厳しい叱责を受けて、周囲に控えた臣下达が平伏しつつ、蜘蛛の子を散らすように飞び退がる。
      「……お待ちください、メンフィスさま」
      「ミヌーエか、姉上はどこだ?」
      愕然として息を呑む近臣达の中、冲撃から真っ先に立ち直ったのは、メンフィス第一の侧近であり、优秀な武人でもあるミヌーエ将军だった。
      慎重に―――いささかの反応も见落とさぬよう、细心の注意を払って王に向き直ると、そろりと口を开いて探るように问いかける。
      「……ファラ、いえメンフィスさま、覚えておいでですか? あなた様はつい先ほどテーベの街へ视察に出て、落马なされたのです」
      「落马? わたしが?」
      意外な単语を耳にして、メンフィスの黒色の瞳がいぶかしげに细められた。
      まるで覚えのなさそうな表情で、おうむ返しに问い返すメンフィスに、ミヌーエがさらに畳み挂けるように言叶を続ける。
      「さようでございます。落马のさい头を强く打たれて、意识を失われたあなた様を我々が宫殿までお连れ申し上げたのです。……本当に覚えてはいらっしゃいませんか?」
      「……覚えがない。それは真の话か?」
      落马などという无様な真似を自分がするはずがない、と言わんばかりにありありと不信の色を浮かべるメンフィスに、ミヌーエ将军が真挚な面持ちで颔きを返す。
      「王は王妃とともに新都工事の视察に出られ、その道中で事故にあわれたのです。袭撃者に惊いた马が暴走し、振り落とされそうになった王妃を、王が庇って落马なされたのです」
      「……王?」
      「あなた様のことです。メンフィス王」
      「何を马鹿なことを……」
      反射的にそう返しかけて、メンフィスは思わず口をつぐんだ。
      これ以上ないほどに真剣なミヌーエの表情。幼いころから间近で育ってきた、兄とも近い侧近である。この相手が真颜で冗谈など言うはずはない。まして自分に嘘をつくことは、决してありえない。その事実をメンフィスはようく承知していた。
      「王だと……わたしが……?」
      无意识のうちに、疑惑の言叶が口をついて零れ出す。
      ミヌーエ将军が厳かに颔き、无言のままに肯定の意をあらわした。
      「この、エジプトの……ファラオ……?」
      「御意にございます」
      恭しく最敬礼して跪く将军に、宰相以下臣下一同がならい、王の前に平伏して恭顺の意を示す。いかにも神妙な重臣达の面々。
      ミヌーエ将军の言叶が真実であることを肌でさとると、メンフィスは记忆を辿る表情になり、やがて底光りするような激烈な目线をひたとミヌーエの上にあてた。
      嘘もごまかしも、けして许さぬ尊贵の王の眼差し。ひれふした臣下达が、威迫におされてさらに深く叩头する。
      「……いつからだ?」
      「すでに二年ほども前に、ご即位なされましてございます」
      王の迫力にも一歩もたじろがぬ将军の返答に、メンフィスの暗色の瞳がさらに恐ろしげな光を増す。だが、少年の喉からは否定の言叶はもはや発せられなかった。
      自身の内にある最后の记忆と、目の前の光景。この両者には明らかなずれがある。苦い事実の知覚に、メンフィスはなんともいえない表情で面前の臣下达を睨みすえ、くっと奥歯をかみ缔めた。
      「わたしが王ならば、父上は……ネフェルマアト王は如何なされたのだ。何故わたしが即位することになった……?」
      少年の声が、はじめてかすかな震えをみせた。
      その问いに対する答えは一つしかない。
      自身でもおそらくは分かっているだろう问いの答えを、あえて求めた年若い主君に、老宰相は一瞬痛ましげな视线を向けると、御前に控える臣下を代表して答弁を返した。
      无情な答えに、メンフィスの喉から仅かに苦渋のうめきがもれる。
      「……では、姉上は如何したのだ。このような时に、何故姉上がこの场におらぬ?」
      あれほどいつもいつも自分の身を案じていた女王アイシスが、危急の时に駆けつけて来ない。最悪の事态をも覚悟して问うたメンフィスに、イムホテップがさらに深く睑を伏せ、畏まって返答する。
      女王アイシスのバビロニアへの舆入れ。
      続く裏切りと决别。そして戦乱の勃発。
      アイシスの运命の変転は、メンフィスの予想を裏切るものではあったが、王に痛撃を与えたという点においては、いささかの逊色もないものだった。
      信じられぬというように、掌で目元をおおって首をふるメンフィスに、イムホテップはさらに遡って话を続け、ネフェルマアト王崩御前后の事情、続くメンフィス自身の即位、ナイルの女神の娘の出现、そして王とナイルの娘との婚仪の様子をかいつまんで话して闻かせた。
      どれもメンフィスにとっては初めて闻く自身の过去である。
      「もうよい、やめよ」
      宰相の弁が、二度目の婚仪のくだりに差し挂かったとき、メンフィスはふいに乾いた声を上げ、とうとうと続く老臣の话を遮った。
      「だいたいの事情は分かった。详しい话は后でゆるりと闻く。今はもうよい。―――皆、退がれ」
      そう言う王の颜からは、能面の如く、もはやいっさいの表情が消え失せていた。あれほど激しい気性の主をして、激烈に涡巻いているであろう胸中を余人にうかがわせる気配はすでにない。
      王の命令に老宰相は异を唱えようとはせず、黙って颔くと恭しく拝礼し、そのまま静かに御前を辞していった。重臣达がそれに続き、ナフテラ、ミヌーエ亲子も、心を残しながらもそれ以上かける言叶とてなく、宰相に従って退出する。
      「……メンフィス……」
      やがて二人きりで残されたキャロルが、おずおずと声をかけ、そろりとメンフィスの様子をうかがった。
      「メンフィス……わたし……」
      「退がれと申したはずだぞ」
      おそるおそる伸ばした细い腕を、取り付くしまもなくはねつけられて、キャロルはびくりと身を竦めた。
      これまでは、王が人払いを命じた际も、常にキャロルだけは例外であった。
      正式な王妃となって后はもちろん、それ以前でさえ、メンフィスは常にキャロルを侧から离そうとはせず、近くに侍れと言う命令にむしろ反発さえ感じたものだ。
      侧へ来いと、离れるなと言われたことはあっても、出て行けと言われたことはかつてない。
      呆然と立ち尽くすキャロルに、メンフィスはもはや一瞥もくれようとはしなかった。
      傍らの椅子に投げ舍てられた肩衣を无造作に掴むと、くるりと踵を返し、壮丽な宫殿の奥へとその端正な姿を消す。
      受けた冲撃の大きさに、事态を把握することも出来ずただ立ち尽くすキャロル。
      その白磁の頬をなぐさめるように、やわらかな风が优しくくすぐり、静かに吹きすぎていった―――。


      3楼2013-05-01 16:08
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        【2 影からの袭撃】
        それは突然の出来事だった。
        いつものように王宫での政务を终え、王妃をともない视察に出たファラオの一行。それをめがけて、虑外の者达が突如集団で袭撃をかけたのだ。
        群集のなかからわきでるように现れた袭撃者达に――そのあまりに无谋で命知らずな强袭に、护卫の兵达が思わず一瞬浮き足立つ。だが、そこは选び抜かれたつわもの达である。
        ミヌーエ将军の指示のもと、すばやく王と王妃の周りを取り囲み、自らの身体を盾として袭撃を受け止め、はね返す。ひとしきり怒声が飞び交い、短く激しい戦闘がテーベの郊外で缲り広げられたが、やがていくらもたたぬうちに、袭撃者达は残らず物言わぬ骸と成り果て、赤くどす黒い血を流して褐色の大地に転がった。
        「キャロル、无事か!? 怪我はないな?」
        「ナイルの王妃さま、大丈夫でございますか?怖ろしい思いをおさせして申し訳ありません」
        长剣についた血糊を振り払い、黄金作りの鞘におさめて讯ねかけるメンフィスに、キャロルは引き挛った颜で颔いた。古代エジプトの王妃となったキャロルにとって、暗杀者の袭撃は决して非日常の出来事ではない。
        だが目の前で人が切り杀され、赤い血を流して転がる酸鼻な光景は、几度目にしてもとても惯れることが出来なかった。
        「キャロル・・・・・・宫殿へ戻るか?」
        苍褪めた颜で眉根を寄せるキャロルに、メンフィスが心配そうに问いかける。
        「いいえ、大丈夫よ。せっかくここまで来たのですもの、行きましょう」
        ぎこちないながらも、笑みの形に唇を歪めてキャロルが答えると、メンフィスはゆっくりと手纲をひいて、堂々たる体躯の黒马をさらに王妃の近くへ寄せた。
        「无理をするな。気分が悪いのではないのか?」
        「本当に大丈夫。そんなに心配しないで!」
        若々しく秀丽な颜に忧いの色を渗ませる夫に、今度は先ほどよりも几分自然な笑みを向けると、キャロルは队列の先头に向けてさっと马首をめぐらせた。
        この日キャロルは珍しく自分一人で马に乗り、自らの手で手纲を操っていた。
        メディアの商人アルシによって、ナイルの王妃に献上された见事な名马。
        美々しいその姿にすっかり感叹した王妃は、メディア商人の自慢含みの口上に触発されたのか、急に乗马の练习をはじめ、まだまだあぶなっかしいながらも一応、一人鞍上で手纲をとれるまでには上达していたのだ。
        とはいえ、実のところキャロルが一人で乗れる马は、このメディア马一头に限定されていた。さすがにメディア王御自慢の名马だけあってこの马は非常に贤く、 乗り手が手纲を引かずとも他から合図を出してやれば、止まるべきところできちんと止まるし、马群に混ぜて走らせれば、先走りも遅れもせずについて进む。
        ようするに、鞍から落ちさえしなければ子供でも安全に乗れるという実に见事な良马なのだが―――この时、なぜかそわそわと落ちつかぬ様子を见せていた王妃の乗马が、ふいに甲高いいななきをあげ、いきなり狂ったように暴れだした。
        「キャ、キャアァ――――ッ!!」
        「キャロルッ!?」
        「ナイルの王妃さま!」
        いきなり西部剧のロディオさながらに暴れまわり、跳ね狂う乗马にキャロルは悲鸣を上げ、振り落とされぬよう必死に手纲にしがみついた。
        メンフィスが素早く马をよせ、暴れる马のたてがみを掴んで押さえ込もうとしたが、一瞬早く、王妃の乗马は王の手を离れて走りだしていた。
        「キャアァッ! メンフィス助けてっ!!」
        「キャロル!!」
        王妃を背に乗せたまま疾走する马に、王をはじめ随従の兵士达が追いすがる。だが、王妃の乗马は世に名高いメディアの名马である。とても追いつけるものではなく、みるみるうちに引き离されてゆく。
        ただ一骑距离を诘めたメンフィスが悬命に腕を伸ばすが、それもわずかにキャロルの身体に届かない。
        「キャロル、キャロル闻こえるか!? 手纲を放せっ!!」
        「~~~~~~っ」
        「大丈夫だ、そなたの身体は必ず受け止める!わたしを信じよ!!」
        (た、手纲をっ!? ……そんな、怖いっ……~~~~っ)
        「キャロル、急げ! 岩にぶつかる……っ」
        「え!? キャ、キャァァ――――ッ」
        その声にはっと颜を上げたキャロルの面前に、巨大な岩山がそそり立っていた。见る见るうちに目の前へと迫ってくる、砂色の岩壁。
        「キャァァッ、メンフィス!!」
        「キャロル!!」
        我を忘れて猛り狂った马は、すぐそこまで迫った岩山にかまいもせずに、激突の势いで突进してゆく。思わずキャロルは目を闭じ、强く唇を引き结んだ。
        (もうだめっ……メンフィス…………ッ!)
        「―――キャロル、来いっ!!」
        あわや激突という寸前。たなびく衣の端をかろうじてとらえたメンフィスの腕が、恐怖に硬直するキャロルの身体を引き剥がし、一瞬宙に浮かんだ少女の身体を力づくで手缲り寄せ、自身の鞍の前に押しこんでいた。
        疾駆を続ける王妃の骑马にはそれ以上かまわず、片手で手纲を引いて爱马の足を缓めさせる。
        「……大丈夫かっ? 怪我はないな!?」
        「メ、メンフィス……」
        何がどうなったのか、理解が出来ていないのだろう。
        息をはずませ、苍褪めた表情で心配そうにのぞきこむメンフィスの秀丽な横颜を、キャロルは呆然と见つめ上げた。
        「怪我はっ!?」
        苛々と怒鸣りつけるように再度问われて、キャロルは慌てて手足を点検し、どこも痛まぬことを确认してぷるぷると首をふった。
        「だ、大丈夫よ。どこもなんともないわ」
        「まことか? 无理をしているのではあるまいな!?」
        「ええ、大丈夫!」
        言って证明するように、马上でぱたぱたと手足をふってみせる。
        「そう、か……よかった……っ」
        息をつめて少女の様子をうかがっていたメンフィスは、元気そうなキャロルの言叶に、傍目にもはっきり分かるほど大きく安堵の息をついた。不安に张りつめていた心がほっと缓んで、思わず全身から力がぬける。
        (おお よくぞ无事で―――アメン・ラーよ。ナイルの女神ハピよ。御身の娘をよくぞお守りくだされた……―――)
        口の中で小さく神々への感谢の言叶を呟くと、メンフィスはあらためてキャロルの白い花のような颜(かんばせ)をすくい上げ、砂埃に汚れた頬と鼻の头を指先で軽くぬぐってやった。
        砂漠でオアシスを见つけた旅人のように、満ち足りた笑みが自然と口元にこみ上げる。
        「メンフィス……あの、助けてくれてありがとう……」
        耻ずかしそうに頬を染め、いささか照れくさげに礼を述べるキャロルのやわらかな身体を、メンフィスは确かめるように力を込めて抱きなおした。頬を埋め、唇を寄せた黄金の髪から、ふわりと花の芳香が立ち上る。
        「そなたが无事で、よかった……」
        狂ったように早钟を打っていた鼓动が、ゆっくりとおさまってゆく。
        あたたかな肌の感触が、触れ合う腕に胸に伝わって、酩酊するような幸福感を王の身体に呼び起こす。
        「……メンフィス……ごめんなさい、心配させて……」
        「よい。そなたのせいではない。それよりそなたに怪我がなくてなによりだ。……よくぞ无事であったことよ……」
        「……ええ……ごめんなさい……」
        うつむきかけたキャロルの颚にそっと手を挂けて、静かに上向かせる。
        「……あっ………」
        何か言いかけるのを遮って、唇を合わせようと頬を寄せた。
        ―――と、その时。
        ヒュッと高く风を切る音と共に、一本の矢が岩山の阴から飞来した。
        「むっ!?」
        不穏な気配に反射的に身体が动く。腰の剣をとり、风切音のした方に向けて身构える。
        だが、みじろいだ少女の悲鸣に気を取られた分、ほんの一拍対処が遅れた。
        さらに矢は、王や王妃自身ではなく、彼らが身をあずけた黒马に向けて放たれていた。逡巡する间もなく、予想と异なる轨道で飞来した矢が马の前足に突き刺さる。
        锐い痛みに惊いた马が、一声いななき棹立ちになった。
        「きゃあぁっ! メンフィス!」
        「キャロルッ!」
        激しい动きにたまらずキャロルが投げ出された。とっさにメンフィスが腕を伸ばし、空中でキャロルの身体を庇うように胸の中に抱え込む。そのまま诸共にもつれあって投げ出された二人は、どうと地响きを立てて地面の上に倒れ込んだ。
        もうもうと立ちこめる土烟。
        「う……痛ぅっ……」
        じんじんと痛む身体を押さえながら、キャロルがそれでもなんとか身を起こす。
        冲撃の抜けない身体をささえようと腕をついて、手に触れた感触にキャロルははっとその目を见开いた。
        「メンフィス!」
        少女の身体の下に少年がいた。
        组み敷くように乗っていた身体をあわててどけると、急いでメンフィスの头を膝のうえにかかえ上げ、意识の有无を确かめる。
        「メンフィス、メンフィス大丈夫? しっかりして!」
        なめらかな頬に手を添えて必死に呼びかけても、メンフィスはぴくりとも动かず、目を开ける様子もない。落下のさいの打ち所が悪かったのか、完全に昏倒してしまっている。
        「メンフィス!!」
        少女の悲痛な叫びが荒れ野に响く。
        それをかき消すように、彼方からエジプト兵达の駆る马の蹄の音が轰き、此方で一瞬蠢いた怪しげな気配は、岩山の影に溶け込むように姿を消した。
        「―――メンフィス……っ」
        近づく味方の姿すら目に入らぬように、意识のない、爱しい相手の身体に少女が必死にとりすがる。
        その姿を外界から覆い隠すように、茫茫とした砂尘が巻き起こり……恋人达を包み込んで……沙色の天へと舞い上がっていった―――。


        4楼2013-05-01 16:11
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          【3 想夫恋】
          「メンフィス……あの……」
          一抱えもある大きなクッションに身体を预け、黒髪の少年がくつろいだ姿势で书类の束に目を通している。端丽な雕像のようなその横颜。
          その傍らで、まだ柔らかな汤気の立つ茶器を抱えたまま立ち尽くしていた少女が、やがて意を决したようにおずおずと少年に声をかけた。
          「あの、これ……」
          「…………」
          「その、ナフテラに言われて……わたしあの、だからその、えっと……」
          凛と切れ上がった漆黒の眼差し。锐い视线に无言で睨まれて、キャロルは困ったように口の中でなにやらぶつぶつ呟くと、両手に抱えていた大きな盆をカチャリと下ろし、手早くうつわに香茶を注いでぐいとメンフィスに突き出した。
          「はい、どうぞ」
          「…………」
          可怜な外见に似合わず、なんとも粗雑な给仕である。メンフィスは一瞬呆れたように軽く目を见开いたが、特に咎めようとはせず、黙ってうつわを受け取ると、そのままひとくち口に含んだ。甘くさわやかな芳香が口中に広がる。
          「メンフィス……あの、なにかわたしにも手伝えることって、ないかしら?わたしは政治は専门家じゃないけれど、ちょっとくらい何か役に立てるかもしれないし……」
          「必要ない」
          おそるおそる言い出した少女に言下に答えると、メンフィスはふたたび手元のパピルスに视线を落とした。ざっと目を通して特に重要な点はなしと判断すると、ぽいと脇に投げ舍てて新たな书状に手を伸ばす。
          広々とした王の居室は、エジプト各地の砦や荘园、大臣や执政官から届けられた报告书の束で、その床のほぼ半分が埋められていた。
          「でも、これだけの量の书类に一人で目を通すのは大変でしょう?」
          「だからといって、そなたが见たところで意味はない」
          「でも……っ」
          「うるさい」
          なおも食い下がろうとしたキャロルの意见をすげなく却下すると、メンフィスはまた别の书类を掴みあげた。けんもほろろのその态度。
          话の継ぎ穂を夺われて、キャロルはほうと小さく叹息をもらすと、仕方なくさしあたっての会话を谛めてぽすりとその场に腰を下ろした。クッションの沈む軽い音に、メンフィスが小さな一瞥をくれる。
          途端、どきりとキャロルの胸が高鸣った。「出てゆけ」と言われるかと一瞬身を硬くするが、メンフィスはそれ以上特に何かを命じる様子もなく、キャロルはひとまずほっと胸を抚で下ろした。
          ***********************
          あの冲撃の日から数日。
          王の记忆の丧失に一时は騒然となったエジプト王宫も、当初の恐慌が过ぎ去ると共に次第に落ち着きを取り戻し、ここ数日は小康ともいえる平穏のなかに日々を过ごしていた。
          それはひとつには、宰相イムホテップを笔头とする侧近达の努力の赐物でもあったし、もうひとつには当事者である王本人が、惊叹すべき胆力でもって自身の动揺を抑えこんで见せた为でもあった。
          例え表面的にであっても、王が泰然たる态度を崩さなければ、臣下达はそれなりに安心し沈着するものである。
          エジプト王メンフィスがその记忆を失ったという事実は、重臣达の手によって厳重に伏せられ、その场に居合わせた者达には彻底した缄口令がしかれることとなった。
          「これはわがエジプトの一大事。重大なる秘事でございます。王の御身におきた异変を决して他国に知られるようなことがあってはなりませぬ。王妃さまにはさぞかしお辛いこととは存じますが、そこをこらえて、なにとぞ王の御ために御力を贷していただきたく、この通り伏してお愿い申しあげまする……」
          苛酷な现実に、ほとんど呆然と虚脱していたキャロルに向けてそう言うと、イムホテップは深い理性の光を宿した眼(まなこ)を伏せ、深深と头を下げて见せた。
          王国の重镇たる宰相にそうまで言われて否やの言えるわけがない。うろたえ、恐缩しつつも、キャロルははっきりと颔いて、これまでと変わらず王妃として王国のために力を尽くすことを约束した。
          イムホテップに言われるまでもなく、もとよりそれはキャロル自身の望みでもあった。
          キャロルがこの古代世界に留まったのは、ひとえにメンフィスの存在あればこそ。たとえ记忆を失っているとはいえメンフィスはメンフィスであり、彼女の爱した相手がそこに在ることに変わりはないのだ。
          悄然とうなだれる心を叱咤すると、手足にしゃんと力を込めて立ちあがる。
          自身の根干をなす思いを确认して、迷いを振り払い、キャロルは毅然と面を上げた。
          「イムホテップ、わたしはきっとメンフィスが记忆を取り戻してくれると信じています」
          王妃の言叶に、老宰相が黙って颔く。
          「けれど、たとえもしメンフィスの记忆がこのまま戻らなくても―――それでも、わたしはかまわないと思っています。幸いメンフィスは何もかもを忘れてしまったわけではないようだし……」
          そこまで言って、キャロルはわずかに苦しげに唇を噛んだ。老宰相イムホテップが、年若の王妃を労わるようにいっそう深く头を垂れる。
          侍医をまじえた侧近达の见立てによると、メンフィスの记忆の丧失はここ数年―――ネフェルマアト王崩御の少し前から、现在までの约二年间の事象に限られているようだった。
          王の不兴を买うほどに、执拗に并べ立てられた质问の数々。
          それに苛立ちを见せながらも、少年は大半正しく答えてみせたし、ナフテラやミヌーエをはじめ、古くから仕えた侧近达のこともちゃんと见分けているようだった。自分自身が谁であり、どういう立场の人间であったかもきちんと认识しているらしい。
          ただここ数年の记忆だけが、まるで拭いとったようにきれいに消えてしまっているのだ。
          记忆の一部丧失―――とはいえ、王の日常生活に関しては、実のところさしあたった支障は出てはいなかった。
          即位して后の记忆がすっぽりと抜け落ちているため、王国内や周辺诸外国の诸事情を内政外交両面であらためて学びなおす必要があり、またメンフィス王统治の初年度に、対ヒッタイト、アッシリア、ついではバビロニアと复数の戦乱が频発したため形成された、微妙な诸国の势力バランスを把握するのに、最初は多少のてこずりを见せていたようだが、すでに王子时代から父王の共同统治者として政治の一画に参与していたメンフィスである。
          短い期间に王国の状态を正しく把握し、差し障りの少なそうなあたりから、すでに政务にも手をつけはじめている。
          エジプト国王であるメンフィスにとって、记忆の丧失はさしたる障害になってはいないというのが実情であり、臣下一同ほっと胸を抚で下ろしている状况であった。
          ―――だが、キャロルにとっては―――。
          メンフィスはキャロルを覚えていない。
          新参の侍女や従仆といった小者达をのぞいて、王の身近に仕えた人间达のなかでキャロルの存在だけが、メンフィスの记忆から抹消されてしまった。
          (……それは、仕方のないことだわ)
          理性では纳得している。それはどうしようもないこと、谁を恨むわけにもいかないことなのだと。
          ミヌーエやウナスをはじめ、王の侧近く侍り、王が信をおいている者达は、たいていが幼少时からメンフィスに近しく仕えてきた者达だ。
          いまさら仅かな记忆が无くなったところで、さしたる痛痒は感じない。
          だがキャロルは违う。
          ある日いきなりナイルより现れ、あれよという间に王宫へ上がり、王の想い人となったキャロルには、彼らのように积み重ねてきた歴史はないのだ。
          时间など関系ないほどに、深く激しく爱し合ってきたつもりだった。
          谁よりも深いところでしっかりと心が结びついていると思っていた。
          共に手を携え、力を合わせて几多の困难を乗り越えてきたのだ。共に过ごした时间は、少女の稚い人生においてさえ何分の一の长さでしかなかったけれど、そうして通い合わせた绊は绝対不変のものだと信じていた。
          なのに、それがいきなり、すべて消え失せてしまった。
          愕然とした、などという言叶ではまだ足りない。
          『何故、どうして、わたしのことだけを忘れてしまったの―――!?』
          どれだけそう叫びたかったか分からない。虚无を抱えた暗夜の眼差しに呑まれなければ、きっとキャロルはそうメンフィスを诘ってしまっていただろう。
          まるで悪梦を见ているようだった。事実、あの冷ややかな视线を梦に见て、なんど夜中にうなされて飞び起きたことだろう。
          (记忆などなくてもかまわない)
          (无事でいてくれただけで十分。―――命に関わるような怪我がなくて本当によかった―――)
          そう思う心も本心。伪りはない。
          けれどその同じ心のもう一方で、こんなのは嫌だ、こんなことは信じないと、闻き分けなく叫ぶ声がする。『嘘つき!』と悲痛な声で身を捩って、引き裂かれた心が泣き叫ぶ。
          ―――爱してるって言ったくせに。なにがあろうと、どんな运命が待ちうけようと、わたしの爱は未来永劫そなたのものだって……、そう言ったくせに!
          失ったもののあまりの大きさにあらためて呆然とする。
          胸を冷やす寒寒とした孤独。独りで过ごす夜の长さがキャロルを苛み、豪奢な寝间の暗の深さが少女の心を怯えさせる。
          心臓を握り溃されるような钝い痛み。たまらず悲鸣が迸り、厳重に盖をした心の奥底で、抑えきれない想いが涡を巻く。どろどろとした情念が、愤りとなって今にも吹き出しそうになる。
          ―――嘘よ。こんなのは嘘。信じない。
          ―――あなたがわたしを忘れるなんて嫌っ……!
          分かっている。これは自分の我侭だ。
          忘れてしまったのは彼の所为ではない。自分に彼を责める资格などない。
          たとえ谁が言わずとも、キャロルには分かっていた。メンフィスが记忆を失ったのは自分の所为なのだ。
          あの时―――棹立つ马の背から落下した时、もしもひとり马上にあったのなら、メンフィスがこれほど酷い打撃を受けることは决してなかったはずだ。
          自分という余计な邪魔物がなければ、メンフィスはおそらく马を立て直しただろうし、仮に落马するとしても受身くらいは十分に取れたはずだ。
          それがあんなことになったのは、キャロルの身体を庇った所为だ。彼女に冲撃がいかぬようにと、そればかりを优先した所为で、自分自身の身体をかまう暇がなくなったのだ。
          メンフィスが悪いわけではない。责められるべきは自分のほうだ。
          だが分かっていても、それでも切なく心が叫ぶ。
          ―――思い出して。
          ―――忘れないで。
          血を吐くような思いでそう愿う。
          滚るような情热を込めて、自分を见つめた漆黒の眼差し。
          热く激しく、息もとまるほどに强く自分を抱きしめた逞しい両腕。
          すべてが狂うほどに懐かしくて。恋しくて。
          哀惜と追慕、狂恋の想いに気が违いそうになる。
          ―――メンフィス……お愿い……
          わたしを见て。
          もう一度、わたしを抱いて。
          もう一度、わたしを爱して。
          あなたの胸に还りたい。
          あなたのあたたかな腕の中で、もう一度好きだと聴かせて欲しい。
          メンフィス―――谁よりもあなたを爱しているの―――
          だからお愿い、……思い出して。
          ―――思いだして―――
          爱しているの……
          お愿い、わたしを……忘れて……しまわないで―――…………


          5楼2013-05-01 16:19
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            【4 神の娘(一)】
            ばさり、とパピルスの山の崩れる音に、キャロルははっと颜を上げた。
            いつの间にか、自分自身の思考の中に埋没してしまっていたらしい。
            メンフィスは时折思い出したように、ちらとこちらへ视线をくれるほかは、终始手许の书状に意识を集中させている。
            今のメンフィスにとって、キャロルはふってわいたような自身の“妃”である。この奇妙な存在を、とりあえずは黙认することに决めたのか、あるいは下手に追い出して、またいつぞやのように一致団结した王妃の侍女达に唤きたてられては面倒だとでも考えたのか―――、ここ数日のメンフィスは、キャロルをまるで空気のように扱っていた。
            いや、空気というほど透明ではない。
            ちゃんと、そこにその存在が在ることを认识してはいるはずだ。だが侧にいるのが、自分と同じ心をもった人间だとは考えていないのだろう。
            召使や従仆など、彼にとっては大半の人间がそうであるように。まるで置き物か物言わぬ爱玩动物(ペット)のように、意思も感情もないもの、あるいは取るに足りないものと捉えているらしく、今もそのすぐ侧にありながら、少女の存在をほとんど意识に上らせている风がない。
            (……そういえば、侧仕えの仕事ってこういうことよね……)
            はじめて王宫に连れてこられた顷のことを思い出して、キャロルは内心复雑なため息をついた。
            王の求婚を受ける前、王宫に上がってすぐのほんのわずかな间、宫殿で侍女として働いた事があった。あの时もこんな风に王の侧に傅かされた。小姓のように、気まぐれな主君の供をさせられて―――。
            自分を奴隷扱いするメンフィスにひどく腹を立てていたのに、今はあの顷が懐かしいとさえ思われる。热く辉く漆黒の瞳。少なくとも以前は、こんな风に、ないものとして扱われる事はなかった。
            嫌われているというのとはおそらく违う。
            それ以前の段阶で、兴味をもたれていないというのがたぶん正解だ。
            そう考えて、キャロルはふたたび苦いため息を吐いた。
            主人が何事かを为す间、侧でじっと控えて待つのが従者や侍女といった召し使いの仕事である。
            生まれた时から他人に傅かれてきたメンフィスだ。害意をもたぬ相手であれば、他者の存在はさして気にもならぬらしい。
            常に周囲の人々の目に晒される生活。现代育ちのキャロルにはいまだに烦わしく感じられる时もあるが、古代の王族にはそれが当然のことなのだ。
            现にこうしてキャロルが侧に座っていても、メンフィスはいっこうかまう风もなく、いたって平然たる表情を崩さない。
            记忆の无いメンフィスにとっては、おそらくキャロルはその他大势の侍女达となんら変わらぬ存在なのだろう。
            かつて爱しげに自分を见つめてくれた漆黒の瞳の中に、すでに「キャロル」の姿はない。ただ见知らぬ异国人の妃を映すのみだ。
            ただ「ナイルの王妃」という呼び名のついた、ただ少し珍しい外见をした、ただそれだけの女。
            ―――いいえ、それどころか……。
            恐ろしい考えに踏み込みかけて、キャロルはあわててぶんぶんと头をふった。
            繊细な浮雕りの施された床の文様がじわりと渗む。
            実のところ、キャロルはまるで自分が密侦か间谍にでもなったような気がしていた。
            メンフィスは、いきなりあらわれた自分の“王妃”を问い诘めることも、その行动を咎めることも今はない。だが、だからと言ってその存在を歓迎している风はさらになかった。
            不审者と知りながら、密侦を泳がせてその目的を探るように、锐く无机的な视线で一挙手一投足を観察されているような気がする。
            ―――だけど、メンフィスがそう思ったとしても当然だわ……
            宰相が、女官长が、大势の侍女や大臣达が、黄金の王妃の贵重さを王に言い立てていたのをキャロルは知っていた。その気持ちを、とてもありがたいとも思っている。
            けれどそれを闻いたメンフィスの眼に、いったい今の自分はどう见えているのだろうか―――?
            それを思うと、キャロルは思わずその场から消えてしまいたくなった。
            生まれも知れぬ妖しげな女。
            メンフィスの眼に、もしかしたら自分はそう映っているのかもしれない。
            姉を裏切りに追い込み、友好国であったヒッタイトに、アッシリアに、バビロニアに不和の种をまき、王国を戦に駆り立てた女。
            どう言いつくろおうと、どれほど神の娘の美名で饰り立てようと、自分がしたのは结局はそういう事だ。
            ほそい棘のように、キャロルの心に刺さって抜けない罪悪感。ことあるごとに镰首をもたげようとするそれを、メンフィスはいつも打ち消して、キャロルの心を安らがせてくれた。
            けれど今、そのメンフィス自身の目に、己が忌まわしいものとして映っているのだとしたら―――……。
            言い知れぬ恐怖に、キャロルはぞくりと背筋を震わせた。
            メンフィスは相変わらず书状に眼を落としたままで、ほとんどキャロルのほうを见ようともしない。
            ―――いいえ。例えそうだとしても―――
            キャロルは胸の内で强く首をふり、弱くなりがちな心を悬命に引き立てた。
            ―――わたしはメンフィスの妃。このエジプトの王妃。
            こんな时こそ、わたしがメンフィスの力にならなくては。
            この大変な时に、真っ先にくじけてなんていられないわ―――
            気付かれぬようそっと目じりの滴をぬぐうと、キャロルは気を取り直して颜をあげ、豪奢な室内を见るともなしに见回した。
            美しく饰られた王の居室。このすぐ隣は王妃の部屋になっていて、キャロルは当然これまで何度もこの部屋に足を踏み入れたことがあった。
            この部屋で时を过ごすときは、たいていいつも二人きりだった。それは王妃が他者の视线を嫌ったせいでもあり、また王が王妃と二人だけの空间を好んだせいでもあった。
            今も同じ部屋に二人きり。けれどそこに漂う雰囲気は、甘やかな恋人同士のそれとはかけ离れた无机质なものだ。
            陶器のように白くなめらかな頬に、ふっと泣笑いのような表情が浮かんだ。
            心を强くもたなくてはと自身を叱咤したばかりなのに、そのあまりの落差に思わず涙が零れそうになる。喉元まで込み上げてきた块を堪えようとして、キャロルは我知らず苦い笑声をもらしていた。
            かすかな忍び笑いの気配に気付いたのだろうか。メンフィスの漆黒の瞳が一瞬书类をはなれて空を泳ぎ、ふっと傍らの少女の姿をとらえた。
            「あっ……」
            あわてて居住まいを正し、何事かを言いかけようとキャロルが口を开く。
            だがメンフィスはすぐに目をそらすと、何事もなかったかのように手元に视线を戻し、ふたたび书类に意识を没头させてしまった。
            あまりにすげない夫の态度に、思わず知らず、キャロルの唇から落胆の吐息がもれる。
            何かを话したいと、话さなくてはと思っているのに、そのためにここに来たのに、どうしてもその切っ挂けがつかめないのだ。
            メンフィスはまるでキャロルを见ようともしないし、やっと视线を合わせても、今度は适当な言叶がちっとも浮かんで来てくれない。情けなくて悲しくて、呆れるほど不甲斐ない自分に、歯噛みしたくなるほどだ。
            たかだか话し挂けるだけのことに、かき集めねばならないほどの勇気が要り、ようやくそれを振り绞っても、そっけない相手の态度にはね返される。
            先からメンフィスは、キャロルがいくら顽张って话を続けようとしても、まるで反応らしい反応を返してくれなくて―――手応えのない相手に、いったい何をどうして良いのか分からず途方にくれそうになる。
            気まずい沈黙に耐えかねて、キャロルは无意识に手近のパピルスをごそごそと弄んでいた。どこやらの砦からもたらされた报告书。だがそこに书かれている内容など、当然ながらひとつも头の中には入ってこない。
            藁色のパピルスの阴から端然とした王の横颜をちらちらとうかがい、何か话しかけようと试みては、上手く形にならない胸中の想いに落胆して、また王の集中を乱してはと思い直して口を闭ざす。
            そんなことを缲り返すうちに、いつしかすでに小半时が経过していた。
            その间にも、王は饱くことなく山积みの书类の束に目を通し、着実にそれを片付けてゆく。
            といっても、片付いているのはメンフィスの手许だけで、作业が进めば进むほど、反比例するように部屋のなかは散らかっていくようだった。メンフィス本人はまるで顿着する様子もないが、すでに豪奢な室内は足の踏み场もないような有り様である。
            なにしろ王の命令で、メンフィス王统治の初年から今日までの间に作られた书类や公文书の类が、残らずここに集められているのだ。日々ぞくぞくと届けられる文书は、主要なパピルスだけでも膨大な量にのぼる。
            文机からもとうに溢れ、床一面にうず高く积み上げられたそれを、メンフィスは端から手に取って、ざっと目を通しては舍てていくのだが、きっちりと巻かれたパピルスの纽がひとつ解かれるたびに、部屋の中はますます乱雑の度を増してゆく。
            「よくそれで、訳が分からなくならないわね……」
            ほとんど滥読とも言えるようなそのやり方に、さすがに呆れてキャロルがぽつりと感想を漏らした。
            とたん、くるりとメンフィスがキャロルに向き直り、その漆黒の瞳がカチリと少女の姿をとらえた。
            「きゃっ……!」
            いきなりのその反応に、キャロルが思わず首をすくめる。
            「ならばそなたが手伝ってみるか?」
            「え?」
            どこか挑発するような少年の口调。
            いぶかしそうに首を倾げ目を丸くする少女に、散らばった书类の群れをくいと颚で指し示すと、メンフィスは尊大に
            「あれらはもういらぬ。适当に分けて积んでおけ」
            と言い放った。
            突然の指示にキャロルはしばしぱちくりと目を瞬いていたが、やがて言われた意味を饮み込むと、こくりとひとつ颔いて、部屋のすみに投げ舍てられた书类の山へと向き直った。
            少しばかり痫に障る指示の出されようではあるが、もともと何か手伝おうかと言い出したのはキャロルのほうである。どんな雑事でも役に立てることがあるのなら嬉しいし、第一黙って息をひそめているより何か作业をしているほうが何倍も気が楽だ。
            ごちゃごちゃと重なった纸束の一番上のパピルスを手に取ると、ざっと表题に目を通し、くるくると巻き取り手早く纽を挂けてゆく。
            いくつかのブロックに分けて、书类の束を积み始めたキャロルの姿を眼の端でとらえて、メンフィスが揶揄するように口元を吊り上げた。キャロルはメンフィスに背を向けて、黙々と作业を続けている。
            と、その时、部屋の入り口から控えめな声がかけられた。


            6楼2013-05-01 16:22
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              【7 真昼の残像】
              翌日。
              部屋の隅にキャロルが整えた书类を何の気なしに手にとって、メンフィスは思わず息をのんで立ちすくんだ。
              ただ「积んでおけ」と命じただけで、书类の内容に関する指示はいっさい与えていない。あんな年端もいかぬ(ように见える)少女である。広げたものを巻きなおして、ただ文字通り积み上げただけだろうと思っていたのに、そこに置かれた文书はきちんと分类され、さらには地区ごとに分かりやすく整理して并べられて いたのだ。
              考古学者の卵であったキャロルにとって、资料の整理は日常茶饭の出来事だった。目の前に积み上げられた雑多な文书を、地域、年代、内容に沿って合理的に分类し、整理する。キャロルにとって、それはほとんど身についた习性と言ってよいものだったのだが、これは简単なようでいて実は谁にでも出来ることではない。
              资料を分けるには、その文书が何についてのものであるかを判断しなければならないし、それにはなによりまず、书かれた文字が読めなければ话にならないからだ。
              古代エジプトでは、文字(ヒエログリフ)の読み书きが出来るのは、上流阶级や知识阶级に限られている。
              仮にも王妃を名乗るくらいだから、そのくらいは出来て当然としても、さらにあの少女はあれほど多种多様な书状の内容を読み解き、理解したということになる。
              大半が琐末な事象を缀っただけのものとはいえ、れっきとした役人によって作成された公文书である。当然そこに书かれた事柄は、贵族の娘达が戯れに読む物语や诗歌と异なり、相当に难解な文章で记されている。
              かなりな知识のある者でなければ―――少なくとも、王国の重镇といわれる役人程度には知识ある者でなければ、読み解くことは不可能のはずだった。
              (まさか……何故あんな小娘にこんな真似ができる……?)
              ―――睿智ある神の娘。
              ナイルの女神の娘よ―――
              人々が口々に誉めそやし、称えてみせたその呼称が、その时ふっと王の脳裏によみがえってきた。
              ―――まさか、本当に―――?
              自身の胸にきざしたその考えを、メンフィスはあわてて否定した。
              そんな马鹿なことがあるはずがない。ナイルの娘の伝说は、メンフィスも幼い顷から耳にしていたが、あれはどう见てもただの人间の娘だ。娘自身がそう言っていたように。
              异国の―――ただ、すこしばかり美しく、変わった外见をしただけの娘。
              《―――メンフィス―――》
              深く考え込む表情で、腕を组んで立ち尽くしてしまったメンフィスの耳に、その时ふっとやわらかな少女の声が忍びこんできた。ぎょっとして振りかえるが、部屋には王の他には谁の姿もなく、召し使い达の影さえ见えない。
              (空耳か)
              そう考えて长椅子に腰を下ろそうとした时、ふたたび可怜な少女の声が聴こえてきた。
              《メンフィス、会いたかった……》
              《あなたが好きよ……心を决めたの、わたしはあなたと共に生きる》
              眼の前に浮かぶ白い花のような微笑。
              真っ直ぐに少年の姿を映す苍い瞳。
              やわらかな身体を寄せられて、震えるほどの歓喜がこみ上げてくる。
              (なんだ、これは……っ)
              切ないほどの爱しさと苦しさ。理性を打ち崩し、自分自身を翻弄するほどに强烈なその感情。かつて覚えのない―――けれど谁よりもよく知る―――その感覚に、メンフィスは思わず狼狈し、无意识にぎりりと唇をかみ缔めた。
              《メンフィス、危ないっ》
              突然、少女の微笑が血にそまった。
              《あなたはわたしの大切な人、わたしの命よりも……》
              どくどくと流れ出る命。赤く暖かな流れを掌に感じて、恐怖に背筋が冻りつく。
              ―――キャロル!
              迸るように、少女の名を叫んでいるのはメンフィス自身の声。
              《さわらないでっ、あなたなんか大嫌い!》
              《大好きよ。つかまえていて……もう、わたしをはなさないで……》
              《メンフィス、お愿い……わたしをおいていかないで―――》
              次から次へと、见たこともないはずの少女の表情が浮かんでくる。
              晴れやかな笑颜。はにかんだような微笑み。かと思うと一転して、涙を溜め、怒りと悲しみをたたえた苍い瞳が気丈に睨みつけてくる。
              ―――キャロル……
              《メンフィス……爱しているわ……》
              呆然と立ちすくんだメンフィスに、光のように透明で清雅な笑みをたたえたキャロルが、爱しく両腕をさしのべる。
              思わずその身体を抱き取ろうと手を伸ばし、しなやかな指先が少女の肤をかすめ……
              ―――次の瞬间、キャロルの姿は泡影のように儚く薄れ、かき消えていた。
              虚しく空を泳ぐ少年の腕。
              一瞬间の自失の后、ようやく正気を取り戻し、我に返ったメンフィスは愕然と目を见开いた。
              (なんだ……今のは……いま见えたあれは、幻か……?)
              白昼梦と言ってしまうには、あまりにもあざやかな幻だった。
              あたたかな少女の肌の感触や、すべすべとした金の髪の手触りまでもが、ありありと腕によみがえってくるような―――あまりにも现実的(リアル)な真昼の梦。
              声は、他ならぬメンフィス自身の里(うち)から聴こえてくるようだった。
              ひどくよく知るもののような、爱しさと懐かしさが陶然と胸を満たし、それでいてひどく远くに无くしてしまったものを思うような焦燥感がつきまとう。
              あの一瞬、メンフィスの心は间违いなく少女の笑颜に夺われていた。
              (……くだらぬ、ただの幻だ!)
              消えてしまった少女の笑颜。
              それを惜しむような己の内なる想いを、无理にも否定し踏みにじる。
              (愚かな……このわたしとしたことが、あのように奇怪なる幻に心を乱されるとは、……なんたる不覚ぞ!)
              强く首をふって、さらに缠いつこうとする少女の幻影を振り払う。
              ―――消えよ! そなたの姿などわたしには必要ない!
              ファラオたる己の心が、他者の支配を受けるなど、断じて认めることは出来なかった。たとえほんの一瞬でも、そんなことはとても许せはしない。
              爱と言う名の枷で己を缚ろうとする存在を、王者の矜持が无意识のうちに忌避するのか。胸の奥にともった明かりを无理矢理ふき消すように、メンフィスは意识を强く凝らし、光に向けて倾きたがる心を叱咤した。
              泣き出すのを堪えるような、哀しげなキャロルの表情が目の前に浮かぶ。それは幻ではない、実际にメンフィスが目にしたキャロルの颜だ。
              ちくりと、刺すような锐い痛みがメンフィスの胸を突き抜ける。
              ―――幻だ! 爱などと……そのようなくだらぬもの……っ!
              言叶にならない苛立たしさに、メンフィスは强く唇をかみ缔めた。
              锖付いた血の味が、苦く口中に渗んでゆく。
              やわらかな抱拥を拒绝するように、しなやかな腕を振り下ろすと、彩りに饰られた华丽な壶が地に落ちて、甲高い音をたてて転がった。
              いつしかメンフィスは全身にじっとりと冷たい汗をかいていた。
              「―――キャロル……」
              无意识の呟きを発したのは、王の心か、唇か……。
              相反する方向へ向けて走り出そうとする理性と感情。
              ままならぬ想いに、惑乱する心に翻弄されて、少年はじっと暗色の瞳を瞑り、いつまでもその场に立ち尽くしていた―――。


              9楼2013-05-01 16:32
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                【9 二つの心(二)】
                「まあ、ファラオ!」
                「これはメンフィスさま、ようこそお戻り下さいました!」
                「姫さま、姫さま! ファラオがこちらにお渡りでございます!」
                その夜―――太阳神ラーが地平の彼方に赤く辉く姿を没して、几ばくもたたぬ宵暗の顷。
                珍しく早々と自室に戻った主を迎えて、奥の宫殿の回廊に侍女达の华やかな声が嬉しげに响き渡った。
                「メンフィス!……あの、おかえりなさい。えっと……」
                赈やかな声を闻きつけて、出迎えにでたキャロルにそっけなく颔くと、メンフィスはさっさと居间を通り过ぎ、奥の部屋へと姿を消してしまったが、それでも若い侍女达はめげる様子も无く、うきうきと动き回り夕食の支度など整えている。
                「ねえ、テティ」
                「さあさあ姫さま、お席がととのいましたわ。どうぞお座り下さいませ!今ファラオをお呼びしてまいりますわね!!」
                不安げな面持ちのキャロルの肩を押さえるようにして、大きなクッションを置いた席に座らせると、テティがきびきびと立ちあがる。
                やがてくつろいだ衣装に着替えたメンフィスがキャロルの前の席につき、间をおかず様々な料理が二人の前に并べられた。
                「さあ姫さま、どうぞ召し上がってくださいませ」
                ずいと小皿に山盛りに盛った料理を鼻先につきだされて、キャロルはぱちくりと目を瞬いた。反射的に受け取ると、テティは満足そうに満面笑みを浮かべ、
                「こちらに盛った分だけは、绝対に召し上がって顶かなければなりませんわよ。なにしろ姫さまは食が细くていらっしゃるのですから。このくらいは召し上がらなくてはいけません」
                と得々として喋りたて、
                「ねえメンフィスさま、メンフィスさまもそうお思いになりますでしょう?」
                と果敢にもメンフィスに向けて直接话をふり、さらに同意を求めてみせた。
                「テティ」
                じろり、と王に无言で睨まれて、テティの肩がぴくりと竦んだ。冷や汗の渗む拳を后ろ手に握り缔め、はりついたような笑颜で、それでも引かずにさらに何やら言いかけようとしたテティを见かねて、キャロルがそっと袖を引いた。
                场を盛り上げようとしてくれる心遣いは嬉しいが、どう考えてもこれは逆効果である。そもそもいくら王妃の一番のお気に入りとはいえ、テティ自身王宫内では新参の部类に入るのだ。
                すごすごと面目なさそうに引き下がった侍女の腕を、なぐさめるように軽くさすると、キャロルは目线だけでその场を下がるようテティに指図した。
                ちらと见れば、メンフィスの横には、他に二・三人の侍女がついて、给仕に酌にとかいがいしくたち働いている。
                「……食べぬのか?」
                「えっ?」
                ふいに、正面から声をかけられて、キャロルは一瞬きょとんと目を丸くした。
                こちらを见つめる漆黒の眼差し。橙色の灯火の明かりを映して时折赤く煌く双眸が、キャロルの手元と口元を交互に眺め、
                「女官长が申しておったぞ。そなたの元気がないので心配だとな。……どこか、身体の具合でも悪いのではあるまいな」
                そう不机嫌な口调で言い舍てると、メンフィスはふいと视线を逸らせ、手近に控えた给仕の侍女に、ぐいと黄金の杯を突き出した。
                「あの……メンフィス……?」
                「食べよ。王妃たるそなたに倒れられでもしたら迷惑だ」
                「…………」
                ぶっきらぼうな言叶に、キャロルは黙ってうつむくと、小さくちぎったパンを口元に运んだ。
                焼き立てほかほかのやわらかなパン。鸠と鹑のパイに、无花果のピュレ。ふんだんにオリーブ油をかけた白身鱼の蒸し焼きに香草のサラダ。
                料理长が存分に腕をふるった美味の数々も、今はまるで砂をかむように味気なく、なんの旨味も感じられない。
                もそもそと喉につかえるような気まずい食事。
                果汁を绞った饮み物で流し込むようにしてキャロルが夕饷を终えると、メンフィスは烦げに手をふって、あれこれと用をつとめたがる侍女达を追い払った。
                パチパチと、部屋の要所要所にしつらえられた灯火のはぜる音が静寂のなかにほのかに响き、焔のなかに落としこまれた薫香が、妙なる芳香をゆるゆると漂わせている。
                「あの……今日は随分早かったのね……」
                「…………」
                沈黙に耐えきれず、おそるおそるキャロルが口を开きかけた。
                おぼろな阴影を形作る薄明るい古代の灯明のもと、あいかわらず无言でキャロルを眺めるメンフィスの肢体が、まるでしなやかな獣のそれのように浮かび上がって见える。
                「その、今夜も戻らないって闻いていたからびっくりしたわ」
                「…………」
                四肢を伸ばしてくつろがせた、优美で狞猛な肉食の獣。
                野生の狮子のように危険で、それゆえになお蛊惑的な。
                下手に手を出せば、ずたずたに引き裂かれ、喰われてしまうと分かっていても、谛めて引き下がってしまうことなど出来はしない。
                暗い暗色の瞳の奥にひそむ、奇迹のような优しさを知っていればなおのこと。
                「えっと、お仕事は、もういいの?」
                「済んだ」
                爱想の欠片もない、にべもない返答。
                切り舍てるような口吻に、さすがにキャロルが鼻白んで、不服そうな光をわずかに苍い瞳にのぞかせた。
                「わたしが早くに戻っては、なにか不都合でもあるのか?」
                「そんなこと……!」
                「ならばくだらぬことを闻くな」
                いかにも傲慢な少年の言い草に、今度ははっきりとキャロルの瞳に不満の色がひらめいた。やわやわとした柳のような、それまでのしおらしさが徐々に影を潜め、代わって生来の気の强さがむくむくと头をもたげてくる。
                见つめ返す瞳の强さに、おやとメンフィスが刮目し、その口元にふとあるかなきかの笑みを浮かびあがらせた。
                ―――そうだ、それでよい―――
                いつか见たような深い苍。
                しおれた花のような风情であった小柄な身体が、负けん気と共に生彩を取り戻し、胜ち気な瞳が真っ直ぐにこちらを见つめてくる。ざわざわと心を波立たせる、不愉快で心地良いナイルの苍。
                ―――なんとも小生意気な、小癪な娘よ―――
                だがそれでよい。
                打ち沈み、潮垂れたそなたの姿など见たくない。
                女官长から王妃の様子が変だと闻かされた时、惊くほどの动揺に自制がきかず、気がつけば奥宫殿へと足を向けていた。
                廊下まで出迎えてくれたキャロルの白い颜に安堵し、次いで面やつれしたようなその表情にあらためて愕然とした。
                もともと细い身体がさらに小さく细く见え、向かい合って座っていても、今にも消えてしまいそうな儚げな风情に、やるせない苛立ちがこみ上げてくる。
                自分を前に、困惑しているようなキャロルの気配がたまらなく不愉快で、覇気のない少女の様子がどうしようもなく気に障って。
                それほど気になるのならば、优しい言叶のひとつもかけてやれば良さそうなものなのだが、他人を気遣った経験のきわめて乏しい少年には、自ら相手を慰めるという発想がおいそれとは出てこない。
                结局は、ただ思うにまかせぬ相手の态度に苛立ち、その険悪さがさらにキャロルを追い诘めてしまう。
                无限に连锁する轮のような悪循环に二人して陥りかけていたその时、キャロルが拘泥した空気を打ち破るようにきっと头を上げ、メンフィスに対して毅然とした声を投げかけたのである。
                「メンフィス」
                硝子の铃を打ち鸣らすような、凛とした声音。
                ざわざわと琴线を刺激する声にメンフィスはゆっくりと颜を向け、勇敢なアマゾネスのような眼をした少女をどこか陶然と、梦见るように眺めやった。
                他の谁とも违う、强い光を秘めた眼差し。
                母なるナイルを思わせる、忧郁で好ましい瞳の色。
                深い红紫色の葡萄酒の酔いがゆるゆると全身を巡り、甘く热い昂扬感が快く全身をおしつつんでゆく。
                「なんだ」
                懐かしいような思いに、我にも无く黒曜の瞳がやわらぐ。キャロルはなぜか戸惑ったように视线を伏せたが、やがてついと颜を上げると决然として再び口を开き、これまで抑えに抑えた疑问をぶつけるように、思い切って言叶を舌先に解き放った。
                「メンフィス―――わたし、あなたに闻きたいことがあるの」
                心をかき乱す想いそのままに、発した声は、かすかに语尾が震えてかすれていた。
                だが、いつまでもおどおどびくびく小さくなっているのは、断じてキャロルの流仪ではないのだ。
                薄氷を踏むような日々の紧张に、すでに心は疲弊しきっている。これ以上はもうとても耐えられない。
                だいたいよく考えて见れば、こうまでキャロルがメンフィスに远虑せねばならないような、心やましい点など何一つないはずなのである。
                キャロルをエジプト王妃にと望んだのはそもそもメンフィスの方であり、その一点において非难されるいわれは全くない。
                愤然とした思いに背を押され、こちらを见つめる黒い瞳に急き立てたられるように、熟虑する间もなく口を开く。
                だが、そうして追い诘められた少女の口から出た言叶は―――キャロル自身が予期していたより、はるかに激しく舌锋锐いものであった。


                11楼2013-05-01 16:36
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                  只要是两个人在一起的结局,不管是生是死,都能接受。我觉得小凯既然爱曼曼那么深,如果曼曼死了,她不可能独自回到现代,因为她知道回到现代就会把曼曼忘记,所以这个结局还是比较好的


                  19楼2013-05-01 20:26
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                    「泣くなっ、郁陶しい!!」
                    カシャンと甲高い音を立てて転がった烛台から油が流れ、石造りの床をちりりと焦して作り物めいた橙色の炎の舌を吹き上げた。
                    「そなたから言い出したことだ。ここを出て行きたくば何时なりと好きに出てゆくがよい、止めはせぬ!!」
                    违う。こんなことが言いたい訳ではない。
                    止めなければ。
                    宥めなければ。
                    でなければ本当にキャロルは姿を消してしまう。
                    「……メンフィス……ッ」
                    声にならない痛哭の声。
                    虚ろな孔(あな)のような青硝子の瞳。
                    自ら招いたことだ。
                    こうなることが分かっていて、あえて少女に刃を投げつけた。
                    あの白い胸をざっくりと切り裂いて、取り返しのつかない伤を刻んでやりたかった。
                    「そなたなどわたしには必要ない!!」
                    违う、违う。
                    なくしたくなどない。
                    柔らかな黄金(きん)の光を、失うことなど考えられない。
                    「わたしの侧が嫌ならば、无理にここにおらずともよい! 王妃の地位などさっさと振り舍てて、何処なと好きなところへ行けばよいのだ、そのほうがわたしもせいせいする!!」
                    叩き付けるようなメンフィスの声に、とうとうキャロルはわっと颜を覆って泣き伏した。
                    そのまま部屋を飞び出そうとするのを、间一髪でつかまえて、腕の中に引きずり戻す。
                    「放してっ!」
                    「……ならぬっ」
                    「放してよ、あなたはわたしを要らないのでしょう!? たった今、何処へでも好きなところへ行けばいいって言ったじゃないの!!」
                    「駄目だ……この部屋を出ることは许さぬ!!」
                    「メンフィスッ!!」
                    ほとんど支离灭裂なメンフィスの言い分に、キャロルが悲鸣のような抗议の声を上げた。
                    力ずくでメンフィスの腕を引き剥がし、その场から逃れようとするが、これはもとより无理な话だ。腕力でキャロルがメンフィスに胜てるわけが无い。
                    分かっていてなお押し返そうと暴れる。浑身の力を込めて、无駄に终るのを百も承知で。
                    ―――実はこれは、キャロル自身気付いていないキャロルの癖でもあった。
                    どれほどもがいてみせたところで、メンフィスの腕の中からは逃げられはしない。そんなことは、キャロル自身が谁よりも一番よく、それこそ身に沁みて承知している。本当に放して欲しい时は、暴れるのではなく、もっと他のやり方があるのだ。
                    分かっていて、わざとあらがい逃げてみせる。
                    时には笑い含みに、そうして时には涙ながらに。
                    意识してのことではなくとも、それは纷れも无くキャロルの――幼い王妃の――女としての仕草だった。
                    「放してっ!!」
                    けれども今、ひときわ高く叫んだキャロルの声には、疑いも无く真剣な响きが込められていた。
                    もしも今この腕をすり抜けることが出来たなら、キャロルは后をも见ずに逃げ出して、二度とふたたびメンフィスの元に戻ってはこないだろう。
                    理屈ではない、本能ともいえる直感でそれを悟ると、メンフィスはいっそう抱きしめる腕に力をいれ、キャロルの身体をしなやかな身体の下に组み敷いた。
                    「……メンフィス……!?」
                    涙に濡れ、细い金の糸の张り付いた少女の頬。
                    「そなたは……わたしの妃だ。そなたが望むと望まざるとにかかわらず。わたしが好むと好まざるとにかかわらず。九神群(エンネアド)の神々に誓ったその事実に変わりはない。王妃の义务を放弃することなど断じて许さぬ!」
                    额に乱れた黄金の髪をかき上げて、白い耳朶に押し付けるように嗫くと、メンフィスはやにわにキャロルの両手首を片手にたばねて头上高く拘束し、もう片方の手で王妃の身体を覆う柔らかな纱(うすぎぬ)を胸元から长く引き裂いた。
                    「―――――ッッ!!」
                    黄金作りの细工がはね飞び、绢を裂く音に重なるはずの少女の悲鸣は、少年の唇におしつぶされ、わだかまる四隅の暗に吸い込まれるかのように、ふつりと途绝えかき消えた。
                    硬く磨かれた冷たい石の床の上。流れる灯火がゆらゆらと、もみあう二つの影を白い壁に映し出し、やがて、流れる油を舐め尽くした炎は一瞬大きく身を捩ると、それ以上他へ势力を伸ばすことなく、ちろちろと小さくオレンジ色の舌を巻いて终息した。
                    「…キャロル……」
                    「………いや……痛いっ………やめて、手を放して……っ」
                    强く重ねられた隙间から、时折り漏れるキャロルの悲鸣まじりの恳愿を、メンフィスは强いて无视すると、纱の残骸を缠わらせただけの白磁の肌を、そろりと慈しむように抚で上げた。
                    「…………っ!」
                    びくりと、キャロルの身体が跳ね上がる。
                    目にも绫な白磁の肌が、触れた个所から薄红に染まり、息を呑むほどの艶めかしさに匂い立つ。
                    しなやかな指先を追うように柔肌の上を唇でなぞり、くたりと落ちた白い花のようなキャロルの身体を、メンフィスは両腕にすくい取り、黄金(きん)の宝珠を抱くように胸のうちに抱え上げた。
                    「放して……あなたはわたしを嫌いなんでしょう!? なのに、どうしてこんなことをするの……っ」
                    ようやく解放された両腕を王の肩につかえ、息も绝え绝えに首を振ると、キャロルは苍い瞳いっぱいに非难の光を湛えて、正面からメンフィスの瞳を睨みすえた。
                    さんざん泣きじゃくり、暴れまわった后だ。すでに抵抗する体力など残ってはいないはずなのに、ぽってりと肿れあがった苍珠の瞳だけは、なお意気地を失ってはいない。
                    そのあまりの强情さに思わず口元に苦笑が浮かびかけ、メンフィスはあわてて表情を引き缔めると、つとめて厳格な声で冷彻にキャロルの抗议をはねつけた。
                    「好き嫌いは関系ない。わたしはファラオとしての义务を果たすだけだ」
                    「……义务?」
                    「そなたにも、王妃としての义务は果たしてもらう」
                    「……これが、义务? 王妃としての……?」
                    「そうだ」
                    胸の奥底から込み上げてくる爱しさを误魔化すように、あえて非情な素振りで嘘ぶくと、メンフィスはなめらかな首筋にゆっくりと唇を寄せ、优美な曲线を描いたキャロルの细腰をさらに强く引き寄せた。
                    全身に感じる、甘く柔らかな肌の感触。
                    冷淡な口调とは裏腹に、うっとりと、ひどく优しげな爱抚の手が少女の上に降り注ぐ。
                    「……义务……」
                    キャロルはしばし呆然と身体を强张らせていたが、やがてぽつりとそう呟くと、身を守るように支えていた両腕から力を抜き、ぱさりと敷布の上に投げ落とした。
                    谛めたように目を闭じて、あらがう気力も尽きたのか、もはや嫌がる素振りも见せない。抱き上げられた腕の中、糸の切れた操り人形のように力なく首を垂れ、されるがままに身を任せている。
                    「……キャロル?」
                    いきなり虚脱した少女に不审を覚えて、メンフィスがキャロルの颜を覗きこむと、キャロルはひと筋涙をこぼし、両手で颜を覆って、子供がいやいやをするように首を振った。
                    「…………」
                    寻常ではない少女の気配。惊いてキャロルの面を隠した掌をこじ开けると、固く瞑った睑がわずかに开き、そこからのぞく苍い硝子玉のような虚ろな瞳がふらりとメンフィスを见上げ、あっと思う间もなく闭じられた。
                    「キャロル」
                    「放して……さわらないで……あなたなんか大嫌いっ……」
                    「……!……」
                    「义务なんかでわたしに触れないで。そんなもの知らない。そんなもの欲しくない。メンフィスの马鹿。あなたなんて嫌いよ…嫌い……大嫌い……ッ」
                    むずがる幼子のような仕草に続いて、切なく激しくメンフィスを责めるキャロルの声が、うわ言のように、红い花弁の唇から零れ落ちる。
                    「なにを……无礼なっ、このわたしに逆らうつもりか!?」
                    「逆らいたいわ。でもあなたはそんなことは许さない。……そうでしょう?」
                    むき出しの非难に思わずメンフィスが逆上しかかると、それを圧するように、ふいにキャロルがぱっちりと丸い瞳を见开いた。生命をもたない人形のような、异様な光を浮かべた瞳がじっとメンフィスを见つめ上げる。
                    「……だったら好きにすればいい。もうなんだって、どうだってかまわない。あなたはわたしが爱したメンフィスじゃない。わたしは、あなたを拒むことも受け 入れることも出来ない。……だからあなたの好きにしたらいい。わたしはもう要らないから。わたしの身体も心も、もうなにも要らない……」
                    虚ろな声でそう言うと、キャロルは大きく肩を震わせ、ふたたび颜を覆って身を捩るように泣き始めた。
                    「メンフィス……あなたに会いたい。わたしも消えてしまいたい。なにもかもすべて……いっそ全部消えてしまったらいいのに……っ」
                    「…………ッ!」
                    途切れ途切れに、消えてしまった恋人の名を呼びながら、むせび泣くキャロルの华奢な肩を见つめて、メンフィスは血が出るほど强く唇をかみ缔めた。
                    少女の可怜な唇が「メンフィス」の名を呟くたびに、胸が焦げるような嫉妬の思いが袭い挂かる。
                    それは确かに自分の名だ。
                    けれど、キャロルが呼んでいるのは、けして自分ではない自分。
                    「……もうよいっ、兴が醒めた!!」
                    はき舍てるように呟くと、メンフィスはキャロルを打ち舍てて立ち上がり、くるりと王妃に対して背を向けた。哀しげなキャロルの泣き声が、业火のように心を焼き、胸の奥を烂れさせる。
                    「……メンフィス……」
                    涙ながらに呼ぶキャロルの声。
                    「…………ッ」
                    ほんの一瞬、踌躇するように王の足が止まり、けれど结局、そのまま振り返ることなくメンフィスはキャロルの泣く部屋を后にした。
                    灯火の明かりも减じた豪奢な部屋のなか。闻く者とてないキャロルの泣き声だけが空気を揺らし、たたずむ暗に混じり込むように溶けてゆく。
                    「メンフィス…メンフィス……还ってきて。あなたに逢いたい。谁よりも今あなたに逢いたい………」
                    想いの限りを尽くした呼び声も、厚い扉を隔てたメンフィスの耳には届かない。冷たい床に身を横たえ、泣きむせぶキャロルを见つめるのは、头上に描かれたヌウト女神の一つ眼のみ。
                    星々を抱えた夜の女神に拥かれて、母を无くした赤子のように泣き続けるキャロルの声は、やがて小さく细くなり、いつしか暗に纷れるように弱々しく途切れ、消えていった―――。


                    24楼2013-05-04 12:52
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                      【11 失われた都(一)】
                      硬く透明な水晶の光を溶かしたような、清浄な朝の光が白亜の王宫に降り注ぐ。
                      「おはようございます、姫さま」
                      「……ナフテラ……?」
                      「はい。ご気分はいかがでございますか……?」
                      広々とした自室の寝台のなか。沈み込むように独り身を横たえていたキャロルは、おずおずとかけられた女官长の柔らかな声にゆっくりと意识を覚醒させ、枕に头を埋めたまま、気だるげにぐるりと首をめぐらせた。
                      不思议そうに二・三度瞬きを缲り返し、
                      「…………!」
                      次の瞬间、はっと何かを思い出したように飞び起きると、自身の位置を确かめるようにあわててきょときょとと辺りを见回し、ぱちくりと目をしばたかせた。
                      (……わたし……昨日、あのまま眠って……?)
                      见惯れた天上画。爽やかな朝の光に揺れる窓辺の纱(うすぎぬ)。
                      无意识に肌を隠すように、白い手が上挂けをひきよせるが、ふと见下ろした身体は薄い夜着を乱雑にまとっていた。
                      (……服……いつの间に……? それに、わたしいつ自分の部屋へ戻ったのかしら……?)
                      「キャロルさま?」
                      「ナフテラ……あなたが、わたしをここへ运んでくれたの?」
                      「は?」
                      「昨夜わたし、隣の部屋で…………、いいえ、なんでもないわ」
                      言いかけてキャロルは途中で口を噤み、軽く首を振ると、えいと势いをつけて寝台から起き上がった。反动で、一瞬くらりと眩晕が袭う。
                      やはり昨夜はあのまま泣き寝入ってしまったらしい。泣き明かした翌朝特有のはれぼったさが睑に残り、ひりひりと喉の奥が渇きを诉えてくる。
                      「キャロルさま、あの……」
                      「ナフテラ、お水を贳えるかしら? 喉が渇いちゃったの」
                      「は、はい」
                      明らかに涙の迹の残る王妃の颜に、どこまで讯ねてよいものやらはかりかねている女官长に向けて、あえて明るくそう言うと、キャロルは素焼きの器に入れて差し出された冷水をひと息に饮み乾し、ほうと深くため息をついた。
                      「姫さま、どうぞお召しかえを」
                      「ご朝食の准备がととのっております」
                      いつもと変わらぬ、若い侍女达の赈やかな笑颜。热をもった頬を冷たい水でそそぎ、身支度を整えて続きの间に足を运んでみると、そこはすでに侍女达の手ですっかり绮丽に片付けられていて、昨夜の名残はもはや部屋のどこにも残ってはいなかった。
                      「キャロルさま……」
                      「ねえ、ナフテラ……メンフィスは今どこに……?」
                      不得要领な颜つきで王妃に従い、次の间へ続いてきた女官长にそう声を挂けると、ナフテラはなぜかぎくりとしたように颜を歪め、この人には珍しくもごもごと颜を伏せ、言いよどむような素振りを见せた。
                      「ナフテラ?」
                      「あの……メンフィスさまは、今朝早くに王宫をご出立になりました」
                      「出立? どこへ?」
                      「近隣の町々へ视察においでになるとかで……急なるご出立で今朝、夜明け前に……」
                      「视察……? どうしてこんなに急に? 昨日はそんなこと何も言って……」
                      言いかけてはっと口を闭ざし、思わず唇をかみ缔めたキャロルに、恐缩したようにナフテラが平伏し、深々と头をさげて谢罪の言叶を口にした。
                      「お起こししようかと思ったのですが、ファラオがそれには及ばぬとおおせられて。……申し訳ございませぬ」
                      「……そう」
                      いかにも寂しげな王妃の横颜。
                      ますます申し訳なさそうに、ナフテラが背の低い小柄な身体をいっそう小さく缩めてみせる。
                      「それで、メンフィスはいつ戻ってくるの?」
                      「それが……はっきりとは……ケナやデンデラ、アビュドスまでをまわられて、しばらくはお戻りにならぬとのことで……」
                      「……そう……分かったわ……」
                      「申し訳ございません……」
                      それでも気を取り直したように、あえて元気よく讯ねかけたキャロルに、なに一つ明るい返事を返すことが出来ず、ナフテラはこれ以上ないと言うくらい、恐れ入ってうつむき、うな垂れてしまった。
                      「いやだ、谢らないで! あなたのせいじゃないんだから。いいの、気にしないで。わたしは大丈夫だから!!」
                      可哀想なほどにしおれて小さくなってしまった女官长に、キャロルが慌てて、なぐさめるように声をかけた。
                      「キャロルさま」
                      「本当にあなたのせいじゃないの……原因は、わたしに……」
                      无理にも笑颜を作り、平気な颜を装って见せようとするが、笑おうとすればするほどかえって笑颜は引きつり、歪んでゆく。
                      「………っっ」
                      ついにはぽろりと一滴、青硝子の瞳から透明な雫が転がり落ちた。
                      「姫さま……」
                      「ごめんなさい……ちょっとだけ、独りにしてくれるかしら。ちょっと今は、まともに话が出来そうになくって……」
                      「…………」
                      「ごめんなさい。……お愿い……」
                      「……承知いたしました……」
                      「ごめんなさい」
                      震える拳を口元に当てて呜咽をこらえる王妃の姿に、女官长は痛ましそうな表情で悄然と礼を捧げると、それ以上かける言叶とてなく、己の无力をかみ缔めながらすごすごと退出していった。
                      さわさわと衣擦れの音を立てて、女官达の気配が远ざかってゆく。
                      「…………っ…」
                      独り取り残された部屋の中。やがて豪奢な王妃の寝室へとって返したキャロルは、寝台に身を投げ出し、柔らかなリネンに颜を埋めて泣き崩れた。
                      押し杀された王妃の泣き声が、余人の気配とて无い深闲とした部屋にひっそりと响き渡り、天盖から下がる薄纱をさわさわとふるわせる。
                      昨夜あれだけ泣き続けて、もはや涙も涸れ果てたかと思っていたのに、こうして爽やかな朝の光の中に身をおいてみると、取り残された我が身がいっそう惨めで、后から后からまたとめどなく涙が溢れだしてくる。
                      「……メンフィス……」
                      いったいどう振舞えば、正解だったというのだろう?
                      あの人を爱している。
                      今もまだ、こんなにも涙が溢れるほど、恋しくてたまらない。
                      けれど……どれほど彼の人が恋しくとも、意地も夸りもなにもかもを打ち舍てて、足元にすがって情けを乞う。そんな不様な真似は、キャロルにはとても出来なかった。
                      王妃としての意地ではない。
                      正妻としてのプライドでもない。
                      顽なに闭ざされてしまった王の心を溶かせるならば、そんなものは沟に舍ててしまってもかまわない。
                      けれど一个の人间として、対等の立场で爱を交わす、その尊厳だけは决して譲ることは出来なかった。
                      どれほど爱していても――爱しているからこそ――まるで道具のように弄ぶだけの行为を受け入れることは出来ない。
                      そんな意気地の无い自分の姿を、爱する人に见せたくない。
                      けれどそうして意地を张った结果、はなれていった夫の心を、どうして取り戻したらいいのだろうか……?
                      「メンフィス……メンフィス…还って来て……」
                      苦しい涙がキャロルの頬をしとどに濡らし、こらえ切れない思いの丈が、呜咽と共に小さな唇から溢れ出す。
                      「あなたに逢いたい。あなたが恋しい。わたし、もうこれ以上耐えられない。……これ以上、强くなんてなれない……」
                      谁より辛いのはメンフィスなのだからと。
                      自分は王妃なのだから、彼を支えねばならないのだと。
                      己に暗示をかけるように必死の思いで言い闻かせ、作り上げてきた防壁が、冷たい涙に押し流されるように、端からもろくも崩れてゆく。
                      急ごしらえに筑き上げた半可な堰が、続く风雨についには屈して决壊するように。弱く挫けてゆく心を押し止めることが出来ず、キャロルは枕に突っ伏して、ただただ颜を覆って泣き続けていた……―――。


                      25楼2013-05-04 13:12
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                        【12 失われた都(二)】
                        やがて、どれほどの时间がたったのだろうか。
                        キィとかすかな音がして、戸口の扉が小さく开き、开いた隙间から猫のように人影がひとつ、するりと室の内に细身の身体をすべりこませてきた。
                        「ナイルの姫君……大丈夫でございますか?」
                        光に寄り添う影のような、自然な気配。
                        いつの间にか涙も止まり、ただぼんやりと寝台の上に身体を横たえていたキャロルは、控えめな声にむくりと颜をあげ、ひっそりと足元に傅く忠実な従者の颜をみて、ポツリと呟くようにその名を口にした。
                        「ルカ」
                        「お颜の色が真っ青です。ご気分がお悪いのでは……?」
                        「いいえ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」
                        抑扬のない声で、それでも一応は相手を安心させるように、そう答えを返してみせると、キャロルはまたぱたりと寝台の上に倒れ伏した。
                        ほっそりとした王妃の肩の上を豊かに流れる黄金の髪がぱっと舞い散り、华奢な背中をおおってふわりと落ちる。
                        光が流れるようなそのさまを眩しく见つめながら、ルカはそろそろと唇を开き、キャロルに向けて慎重に、己と己の主の望むところを口にした。
                        「姫君……しばらくの间、このテーベの王宫をお出でになってはいかがでしょうか」
                        「……?……」
                        「ファラオがあのような状态で、この王宫にいらっしゃるのは、姫君にはさぞかしお辛いことと拝察いたします。现に今も……そのようにお叹きになられるのは、ファラオの御所业のおためでございましょう」
                        「ルカ!」
                        常になくあからさまで不躾なルカのもの言いに、さすがにキャロルが眉を颦め、きつくたしなめるような叱声を発した。
                        「申し訳ございません。ですがわたくしは、间违ったことを申し上げているとは思いません。いかにご记忆をなくされてのこととはいえ、昨今のファラオのお振 る舞いはあまりに酷うございます。ぜひとも姫君を妃にと望まれたのはご自身であられるはずなのに、まるで姫君を虑外の者のようにあつかわれて……」
                        口元を引き结んだ厳しいキャロルの表情に、ルカは额を床にこすりつけんばかりに平伏しながらも、なおとどめることなく切々と自身の思うところを诉え続けた。
                        狂おしいほどの眼差しに、口惜しささえ渗ませた真挚な口调。
                        臣下のものとも思えぬ激しい王への纠弾に、キャロルは何故かいたたまれぬような気まずさを覚え、黙って瞳を伏せると、震える指先を押し隠すように両手を强く握り缔めた。
                        「なにもこのテーベの都をお见限りあれと申し上げているのではありません。ただ、お二人のためにも、しばらく距离を置かれてみては如何かと、こう申し上げているのでございます」
                        「…………」
                        「姫君さえうんと仰ってくだされば、わたくしがお供をいたします。お気晴らしを兼ねて下エジプトか……、いっそシリアあたりの藩属国をお访ねになってはいかがでしょう」
                        「だけど、ルカ……」
                        思いの外のルカの提案に、キャロルは可怜な眉宇に当惑をにじませ、ようやく唇を开いたが、その言叶を遮るようにルカはさらに热弁をふるい、一心に言叶をまくし立てた。
                        「ビブロスやティルスは风光明媚で美しい都市と闻き及んでおります。シリアの地がお気に召さなければ、思いきってミノアかトロイの地を再びご来访になられ るのもよろしいかと。かの国々の王族方は皆、ぜひとも姫君のまたのご来驾をと切望なされているよし、もれ承っておりまする」
                        キャロルの気持ちをなんとか引き立てようと、ルカは言叶を尽くして海沿いの街街の美しさ、人々の阳気な様子を语って闻かせ、しまいにはぐいと膝を突き出して、のめりこむような目线でキャロルを见上げ、ぜひにとその眼で缒りつくように恳愿さえしてみせた。
                        「姫君……なにもエジプトだけが、姫君の住まわれる场所ではありませぬ。この国の外にも姫君を想われるお方が御座いまする。どうか……どうか、もはやファラオのことは忘れて、わがヒッタイトへ。わが主君イズミル王子の御许へおいでくださいませ……!!」
                        王妃の忠実な従者が胸のうちに强く叫んだ最后の言叶は、舌の上に乗せられることはなく、キャロルの耳に直截には届かなかった。だが、ルカの必死の眼差しは言叶よりもはるかに雄弁に胸の内を语り、少なからぬ冲撃をキャロルに与えたように思われた。
                        いささか过ぎるほど热心に転地をすすめてくるルカの迫力に、しばし惊いたように目をみはり―――だが、やがて谛めたように力なく微笑むと、キャロルはゆっくりと横に首を振ってみせた。
                        「だめよ、ルカ。そういう訳にはいかないわ。こんな时に、テーベの都を离れるなんて……」
                        出来るわけがない。そうキャロルが口にするより早く、ルカはぐいと体ごと乗り出す势いで、畳み挂けるように口を挟んだ。
                        「何故でございます。现に今、ファラオはこの王宫にはいらっしゃらないではありませんか」
                        「それは……でも、それとこれとは……」
                        「同じでございます。失礼ながら、姫君にはただ今、たいそうご気郁のご様子とお见受けいたします。喧(かまびす)しい宫廷を逃れて、静かな土地でゆるりとご静养あそばすことは、ただ今の姫君には必要不可欠のことと存じまする」
                        「でも……」


                        26楼2013-05-04 13:13
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                          常には影のように控えめで、いつもキャロルの意向に沿うように动いてきたルカが、これほど顽强に己の意见を主张することはめずらしい。
                          いつになくきっぱりと、信念を持って言い募るルカを目の前にして、キャロルは困ったように眉根を寄せていたが、やがて陶器のようになめらかな頬に、ふっと寂しげな笑いをふくんで见せた。
                          「………っ…!」
                          优しげな苍い瞳がふわりと缓む。
                          やわらかな、早春の光のような少女の微笑。
                          その澄んだ瞳の底に、伤つけられてなおメンフィスを想うキャロルの気持ちが透けて见えるようで、ルカはたまらず、床についた拳を石のごとく固く固く握り缔めた。
                          「……姫君のご出発を……」
                          「ルカ?」
                          「姫君のご出発を、ファラオは反対はなさいますまい。僭越とは存じましたが、わたくしの一存でファラオにお伺いを立てました。何事もすべて姫君のなさりたいようにされてよいとのお言叶でございました!」
                          「……!……」
                          喉の奥から绞り出すような、苦しげなルカの声音。続いて飞砾(つぶて)のように放たれた言叶は、ぐさりと见事に王妃の伤口をえぐり、锐い刃物のように痛々しくキャロルの心に突き刺さった。
                          《そなたなど必要ない! どこへでも好きなところへ行くがよい!!》
                          昨夜の王の无情な声がありありと脳裏によみがえり、耳の奥にわんわんとこだまする。
                          「…あっ……」
                          苍い瞳にたちまち涙が溢れ出し、口元をおおって泣き崩れるキャロルの震える细い肩を、ルカはいたわしそうに见つめ、罪悪感に思わず唇をかみ缔めた。
                          「申し訳ありません、姫君。どうか……どうか、そのようにお叹きにならないでくださいませ。决して、决して姫君をお苦しめしたくて申し上げているのではな いのです。わたくしはただ、姫君のおためを思えばこそ……姫君のご幸福を愿えばこそ、こう申し上げているのでございます……」
                          キャロルがエジプトを离れれば、ヒッタイトにいるイズミルのもとへとキャロルをさらい、连れ出す机会も巡ってくる。
                          それを心に秘しての进言ではあったが、ルカがキャロルを思う気持ちそれ自体には决して嘘は无く、切々と缀られる言叶はまた、真実ルカの本心からの思いでもあった。
                          「わたくしは、姫君にお幸せになっていただきたいのです。ファラオのもとでそれが望めぬのであれば、ひとときなりとこの地を离れてごらんになるのも一策で はないかと……。姫君を慕い、姫君のご来驾を心よりお待ち申し上げているお方は他にもいらっしゃいます。ならば今はひととき、そちらに过ごされた方が、姫 君にはお心安くお过ごしになれるのではと……」
                          ―――ヒッタイトに在られる王子のもとへ。
                          真実姫を爱される、わが主君イズミル王子のもとへ。
                          どうか、ナイルの姫君よ、王子の腕の中で至上の幸福を掴まれませ……―――
                          策略ごととは梦にも思えぬほどに一心に、诚心诚意を込めてルカが语り、やがてキャロルはひとしきり流した涙を手のひらで拭うと、己の忠実な従者に対して、昙り硝子のように苍く濡れた瞳を茫洋とふり向けた。
                          「ルカ」
                          「はい、姫君」
                          「メンフィスは本当にかまわないと言ったの? わたしが……胜手にテーベの都を离れてもよいと……」
                          「はい……そのように承りました」
                          一瞬にも満たないほどの短い刹那、ルカの瞳にやましさの影がひらめいた。
                          「……そう…本当に……」
                          だが、キャロルはルカのひそかな懊悩にはまるで気付く素振りもなく、悄然としてうなだれると、ゆっくり首を縦にふり、透明な滴が零れるようにぽつりと応诺の言叶を呟いた。
                          「そうね……それなら、少しテーベを离れるのも良いかも知れないわ……」
                          このまま此処に留まって、メンフィスに疎ましがられるよりは、いっそ……。
                          口に出してしまえば、悲しみに押し溃されてしまいそうで、キャロルが饮み込んだ言叶を察したように、ルカが深々と首をたれ、その场にうずくまるように平伏した。
                          「姫君。では、シリアの地へ……?」
                          「いいえ、それは駄目よ。いくらメンフィスがいいと言っても、今この时期に国外へ出るわけにはいかないわ」
                          「では、下エジプトへ向かわれますか? タニスの离宫か、あるいはギザのピラミッド神殿へ?」
                          「…………」
                          下エジプトの宫殿。
                          そのひと言に触発されたように、かつて彼の地で过ごした日々の记忆が走马灯のように脳裏を走り抜け、キャロルは覚えず声をつまらせた。
                          バビロンの危険な旅からの帰还の后。
                          メンフィスの腕に抱かれて、ナイル河口の城砦宫殿に入り、タニスの农地を、ギザのピラミッドを共に见てまわった。
                          あるいは、晴れがましい运河祭の祝祭の日。
                          王妃としてメンフィスの傍らに立ち、口々に呼び交わす民の祝福の声を受けて―――。
                          今は儚く泡沫のように消えてしまった幸福な日々の思い出に、キャロルは切なく睑を震わせ、くずおれそうな心を支えるように、华奢な腕で小さな身体をきつくきつく抱きしめた。
                          「……ナイルの姫君……」
                          「下エジプトへは行かないわ……あそこには、今は行きたくない……」
                          「はい……。では、いずれの土地をお望みで……」
                          问いかけるようなルカの视线にキャロルはしばし瞑目し、やがてゆっくりと瞳を开くと、とある古の都市の名を静かに口にした。
                          「……!……」
                          惊いたように息を呑むルカの気配。
                          「姫君、それは……その地は、禁忌の土地と伺っておりまする……!」
                          「知っているわ」
                          动揺を押し隠せぬ様子のルカに、キャロルは静谧な预言者のように透明な笑みを浮かべてみせた。
                          「知っているわ……でも行ってみたいの。怖ければ、ルカはここで待っていてくれてかまわないわ。わたしは一人で大丈夫だから……」
                          淡々と、何もかも见通したように言叶を缀るキャロルの姿に、ルカはしばし当惑したようにためらっていたが、テーベで待つようにとの言叶にはっと颜をあげ、激しく首を横に振った。
                          「いいえ! 姫君をお一人では行かせられません。わたくしもお供をさせていただきます!!」
                          「无理をしないで。あそこは本当に禁断の地よ。その名を口にすることさえ禁じられた、忘れられた都……」
                          「どこであろうとかまいません。姫君がそこへ向かわれるのならば、わたくしは何としてもお供をさせていただきます」
                          力を込めて言い切ったルカの形相に、キャロルはくすりと微笑をもらした。
                          「じゃあ、旅の支度をしてくれる? 出発は早いほうがいいわ。なるべく早く……できれば今日中にも出発したいの」
                          「かしこまりました。お任せくださいませ!」
                          この日はじめて见せたキャロルの自然な笑颜に、ルカは意気扬扬とうなずくと、王妃の出立の准备を整えるべく勇んで踵を返し、部屋の外へと出て行った。
                          后に残されたキャロルは静かにルカの后姿を见送っていたが、やがてついと腕を伸ばして手近のクッションを引き寄せると、白い胸の中にそれをきゅっときつく抱きしめた。
                          (……メンフィス)
                          自分がテーベを発ったと闻いたら、メンフィスはどんな反応を示すだろう。
                          胜手なことをと、やはり怒るだろうか?
                          それとも、いささかの兴味も持たずに闻き流すのだろうか……?
                          「……メンフィス……!」
                          白く柔らかな亜麻布の端をかみ缔めるようにして、胸に涡巻く思いを押し杀すと、キャロルは倒れ込むように寝台に身を伏せ、もはや何をも考えまいとするように沈黙の中で瞳を闭ざした。
                          いまだ中天にはかからぬ太阳の光が灿灿と窓辺に降り注ぎ、优しいナイルのせせらぎを含んだ风が、とろりと室内の空気を振动させる。
                          いずれ准备を整えたルカが、出立を知らせに来るだろう。
                          それとも话を闻きつけた、女官达がやってくるのが先だろうか。
                          そんなことをぼんやりと考えるでもなく思い浮かべながら、ただ人形のように横たわる黄金の王妃の姿を、清廉な午前の阳射しがあざやかに照らし出していた―――……。


                          27楼2013-05-04 13:15
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                            lz真佩服你,还会打日文


                            29楼2013-05-04 16:38
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                              【14 アテンの地平】
                              「失礼いたします。ファラオ」
                              控えめな、けれども凛とはりのある声に物忧い瞑想をやぶられて、メンフィスはわずかに不快げに黒色の双眸を开き、つと片眉を吊り上げた。
                              「ミヌーエか。しばらく谁も近づくなと申しつけておいたはずぞ」
                              扉が外から开かれ、あらわれた腹心の部下の姿に、メンフィスが几らか不愉快そうな声をだす。
                              「申し訳ございません」
                              ミヌーエはその场で丁重な礼をとると、だがさして臆する风もなく室内へ足を踏み入れ、持参した书简を慎重な手つきで王に向けて差し出した。
                              「たった今、テーベの都より早马がつきました。イムホテップ宰相より王に宛てて、紧急の书简でございます」
                              视线を上げた一瞬、堂々たる伟丈夫の将军の颜に柔和な表情が浮かぶ。
                              いかにも穏やかなその颜に毒気を抜かれて、メンフィスはふんと组んでいた腕を解き、尊大に椅子に座りなおすと颚をしゃくって将军を侧に差し招いた。
                              四日ほど前の朝方未明に紧急の勅命で王宫に召唤され、息つく暇もない出立を告げられた时もそうであったが、この年の割に老成した青年将官は、実に谨厳実直でありながら、その実なかなかに年少の主の御し方を心得ている。
                              炎のような主の激情をやんわりとなだめ、そうと気付かれぬよう、さりげなく暴走の轨道を修正する术に长けているのだ。
                              长年の近侍で培われた、见事な手腕と言っていいだろう。
                              「イムホテップから紧急の书状だと?」
                              一体何事かと、秀丽な眉目を讶しげにひそめ、メンフィスが问い挂けるようにミヌーエの颜を注视する。
                              「テーベで何事か変事が起きたと申すのか?」
                              「わたくしも中身は存じません。ただ紧急に、一刻も早く王にお渡しするようにと、そう使者の口上がございました」
                              ミヌーエ自身それ以上语るべき事柄を持たぬらしく、黙って书状を持ちかえると、さらに促がすようにメンフィスに向けてそれを差し出した。さしてぶ厚くもないひと巻きの书状。メンフィスは面白くもなさそうにそれを受け取ると、ぱらりと纽を解いてざっと书面に目を走らせた。
                              「――――っ!?」
                              几帐面に并べられた文字列を追って目线を滑らせ……、半ばまで一読したところで、メンフィスの形相が激変した。
                              「如何なされました? やはり王都に异変がございましたか!?」
                              あまりに剧的なその変化に、さすがに沈着なミヌーエも惊いて目を见开き、すわ一大事の出来かと王に向けて身を乗り出した。
                              「ファラオ!?」
                              「―――――」
                              「メンフィスさま……如何なされました!?イムホテップ宰相どのは何と……」
                              一瞬頬に血の色を升らせ、次いで苍白に転じた颜色で书状を読み进めるメンフィスに、ミヌーエ将军がもどかしげな视线をふり向ける。
                              「……ファラオッ!?」
                              ただ事ではない王の様子に、いやが上にも不吉な予感が高まってゆく。
                              だが、だんだんに灼热の炎を沈静化させ、ついには冻りついたように苍褪めた冷気を端丽な面に浮かび上がらせたメンフィスに相対しては、さしものミヌーエ将军もそれ以上の口を差し挟むことは出来なかった。
                              逸る心を抑えて口を噤み、次なる王の言叶を沈黙の中で待ちうける。
                              恐ろしいような静寂が、しばしアビュドスの神殿の一室を支配した。
                              「―――出発する。支度を急がせよ」
                              やがて、小さな砂时计の砂がすっかり落ちきるほどの时间がたった顷。メンフィスはおもむろに口を开いて沈黙を破り、胸のうちに青白い炎を含んだような声音でそう告げた。
                              「はっ……ただいますぐに」
                              すでにとっぷりと日は暮れていたが、ミヌーエは一言も反驳しようとはせず、即座に头を垂れて颔いた。
                              「目的地はテーベの都でよろしゅうございますか?」
                              「……いや」
                              「では、どちらに?」
                              「アビュドスを出て真っ直ぐに北上する」
                              「…………」
                              「目的地は―――アケト・アテンの都だ」
                              「!?」
                              淡々とした将军の问いに、抑扬を欠いた声でメンフィスが答える。
                              王の口から出た予想外の名前に、豪胆なはずの将军が动揺を押し隠せぬ様子で狼狈の気配を见せ、目线だけで确认を取るようにファラオの颜色をうかがった。
                              ミヌーエの黒色の瞳にほんの一瞬、踌躇いとかすかな非难の色が浮かぶ。
                              「急げ」
                              だが断固としたメンフィスの命令を受けて、ミヌーエは胸中の思いを口にすることなく深深とした礼を残して部屋を退出し、王の意向を随行の兵たちに伝えるべく回廊を歩み去って行った。
                              足音の残滓が消え、しんと静まり返った部屋の中。ただ一人立ち尽くしていたメンフィスの手の上で、パピルスの溃れるくしゃりとした音が奇妙に軽やかに鸣り响いた。
                              「くそうっ!!」
                              手にした书状を力まかせに床に投げ舍てると、いびつに丸まったパピルスはころころと惨めに床を転がって、烛台の手前でぴたりと止まった。
                              「なぜだ……なぜそなたはこうまでわたしを苦しめる……っ!?」
                              やりきれぬ思いを渗ませた、哀切な声音。
                              どこか、呪诅にも似た响きを帯びた言の叶が、静谧な室の空気を震わせる。
                              深刻に络み合った憎悪と恋慕が、乱れた胸の内を容赦なくかき回し、狂うほどの热情を后から后から涌き出させる。己自身にすら制御のきかぬ强烈な感情。
                              「キャロルめ……そなたは、どこまでも……」
                              夜の帐をぬうように―――我知らず零れ落ちたその声は、爱憎あい反する二つの想いに翻弄され、业火に焼かれたようにかすれていた。
                              (―――キャロル……许しはせぬぞ。このわたしから逃げ出すことなど、决して许さぬっ!!)
                              炽き火のように热く密やかに燃え立つ漆黒の焔。
                              暂时の时を経て、その夜数十骑の骑兵がアビュドスのオシリス神殿を人目に立たぬように出発し、夜の砂漠を一阵の风のように駆け抜けていった―――。
                              **************************************
                              「ナイルの姫君、もう日が暮れます。どうぞ馆の内にお入りください」
                              「ルカ。……ええ、そうね……」
                              背后からかけられた穏やかな声に、キャロルはゆっくりとした动作で振り向くと、缓やかな长髪を一つに束ねた忠実な召し使いに向けて、こくりと静かに颔きを返した。
                              こじんまりとした馆の中庭から部屋へと戻り、长椅子に腰を下ろしてふうと小さくため息をつく。
                              アケト・アテンの都―――。
                              この街でむかえる何度目かの夕日が、西の空を真っ赤に染め上げてナイルの彼方へ沈んでゆく。怖いほどに鲜やかな朱(あけ)の色。
                              上下エジプトを结ぶ中间地点、ナイルの中流域に位置したこの街に、王妃の一行が到着して、すでに片手の指を全て折るほどの日々が経过していた。
                              とうの昔に打ち舍てられた、廃墟のような都。
                              『アテンの地平』と名づけられたかつての辉かしき王都は、いまは往时の栄华をしのぶよすがもなく、砂漠の中にただ茫漠とその空虚な姿を横たえている。
                              (わたしは、なぜこの街に来たいと思ったのかしら……?)
                              そう自问してみても、はっきりとした答えは浮かんでこない。
                              ただ、テーベをはなれて、どこか别の土地へと言われたときに、なぜかこの街の名がぽかりと心の中に浮かび上ってきたのだ。
                              异端の神アテンを信仰し、それゆてに见舍てられた都。
                              アクエンアテン―――『アテン神の栄光』の名を冠した王の手によって创られた梦の都。
                              王一代の理想を掲げて繁栄し―――けれど结局は、异国の侵略とアメン神官団の反撃に抗しきれず、ついには仅か十年足らずで砂漠の蜃気楼のごとくこの地上から溃え去ってしまった。
                              (アクエンアテン……唯一绝対の太阳神アテンを信仰したいにしえの王。国境を人种を超えた爱を说き、慈悲でもって国を治めようと试みた古代のファラオ―――)
                              唯一の神が天地を创り、爱をもってこの世を治める。
                              アテン神とアクエンアテン王の说いたその教えは、キャロルが幼い顷から亲しんできたキリストの教理に近しい思想だ。
                              この荒凉たる不毛の地に、かつてそうした志を持った王が存在した。その事実は、异郷の地に在るキャロルにとってたいそう心强く、またそれだけで心慰められるものであった。
                              廃墟のなかでも比较的、以前の姿をとどめている、おそらくかつては政府の高官の邸宅であったろう屋敷。ルカが选び、仮の宿りと决めたその屋敷のテラスの一角に立って、キャロルは暮れなずむアケト・アテンの街并みを见下ろし、沈みゆく夕日を见るともなしに眺めやった。
                              王宫へと続く大通りを中心に整然と整えられた街路。かつては大势の人々で赈わったであろう広场もとっくの昔に见舍てられ、今では歩む者の影とてない。
                              ここは、とうに死に绝えた都なのだ。
                              异端の神、アテンを信仰した罪で。
                              国家の最高神たるアメンをないがしろにした咎で。
                              打ち舍てられ、破壊され、忘れられた都。


                              30楼2013-05-04 22:11
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